. The kamigata manzai collections – 上方漫才のすべて(仮) The kamigata manzai collections
The kamigata manzai collections – 上方漫才のすべて(仮) The kamigata manzai collections
The kamigata manzai collections – 上方漫才のすべて(仮) The kamigata manzai collections

ハットボンボンズ

最近とみに各方面の話題となつて来た新興演芸部六人組の「ハット・ボンボンズ」を捕へその間の要締を尋ねてみる、先づこの六人組は廿八歳の豊島周彦を中心とした平均年齢二十七といふ独身の若者揃ひで、新興入社後は京都銀閣寺附近で仲よく、集団生活をしてゐるといふ、この辺から彼等のスマートな舞台演技がボツ/\生れて来る訳である “僕達六人は全くー身同体で生活も舞台も人生も皆協力主義で行つてゐます、六人とも豊島園の少年音楽隊の出身で、楽器の手ほどきは海軍々楽隊出身の楽長久松鑛太郎先生にをそはりました、当時のメンバーは約三十五人でしたが不思議と僕等六人は仲がよくその後フロリダのバンドにも六人一緒で勤めました、この頃から僕等は演奏以外に何か形式の変つたシヨオを研究し出したのです、それから間もなく僕(豊島)は浅間丸のサロンミユジツクを頼まれて約半歳アメリカへ行き、 あちらのルデイ・ヴァレー音楽団その他を見学して来ました、 そして早速これを僕等のグループで生かして行くことを相談しフロリダの土、日曜コンサートで随分大胆な形式を用ひて見せる音楽を始めたのです、処が幸ひにもこれが好評を博し昨年三月新興演芸部と契約が成り僕等はそつくり買はれたのでした「ハット・ボンボンズ」といふ名称は新興へ入ってつけたのですがこれは豊島園時代「ハトボツボ音楽団」といつてゐたのから取ったものです、 ハツトはHOTで元気を意味し、ボンボンズは関西でいふボンボン(息子) の複数の積りです、つまり「元気な息子達」といふ積りですが”

挑戦タイプでおもしろいのはハット・ボンボンズの面々だ。「豊島園少年音楽隊」の出身者たちは横浜のフロリダ・ダンスホールで働いていたが、昭和十四年五月、関西の新興演芸部に入ってコミック・バンドを作りたいと、支配人の津田又太郎に脱退を申し出た。津田は新しい奏法を取り入れて名支配人といわれていたが、この時ばかりは”スジ者”まで使って脱退させなかった。 すったもんだの末、ようやく新興演芸部に身を寄せた連中は「ハット・ボンボンズ」を結成したが、その時の芸名が傑作である。

ハットボンボンズ、売り出す

〇五月二十三日〜 松竹劇場

しんこうぼういずシヨウ われらの楽園 十景 【出演】新興ホツトボンボンズ(豊島園彦 日比谷公 浜美奈登 丸の内街男 銀武良夫 御里夢忠)オールジヤパンスヰングオーケストラ演奏

土産のりんご 二場 宮村五貞楽大一座 田中祥弘作 雷門五郎脚色 高木益美編曲 かつぽれ法界坊 四幕 かみなりもん舞踊座 第一回公演 【出演】雷門五郎 雷門緑郎 実川泰正 浅野八重子 浅野百合子 御室和子 日高松子 竹久よしみ 桜井京子 水上靖子

浪 曲 キングレコード専属 隅田梅若

漫 才 【出 演】溌剌新漫才 酔月楼とり三・中井染丸 兵隊漫才 ハリキリ麦兵・トツカン花兵 秋山ヒゲ虎・富士野芳夫 音曲漫才 若葉サヨ子・富士蓉子

〇「今回新興演芸部と専属の正式契約を結び、二十三日より松竹劇場に出演することになつた”ハット・ボンボンズ”バンドは、新興演芸部が最大の誇りとする自他共にゆるす東洋一のバンドである。同バンドは最低二十三歳、最高二十六歳の独身美貌の青年六名をもつて組織し、過去六年間メンバーに一名の変更もなく一糸乱れぬチーム・ワークをとり、火の出るやうな猛烈な精進を続けて今日の名声を獲得したもので、各楽士は四種以上の楽器を完全にマスターし、擬声専門の楽器を使用することなく普通楽器で各種の擬音、物マネを演じ、ミユジツクとアクシヨンの融合する音楽喜劇といふべき新傾向を我が国音楽界にもたらした国宝的バンドで、関西公演は今回がはじめてなので絶大の期待をもつて迎へられてゐる。」

〇五月二十六日〜(二十八)日 松竹劇場

土産のりんご 五貞楽 われらの楽園 十景 しんこうボーイズシヨウ ミユジカルコメデーイ 新興ハットボンボンズ かつぽれ法界坊 かみなりもん舞踊座 コロムビア ヒツト・ソングシヨウ 【出 演】中野忠晴(バンジョーで唄へば 浪曲ジャズ チャイナ・タンゴ 僕のマリネラ) 音丸(博多夜船 海のローマンス 主はパイロット 皇国の母)

新興精鋭漫才

〇五月二十九日〜(三十一)日 松竹劇場

ミユジカルコメデイー 新興ハットボンボンズ かつぽれ法界坊 四景 かみなりもん舞踊座 漫 才 【出 演】若葉サヨ子・富士容子 アサヒヒノデ・ミスワカバ 吉野家喜蝶・松葉家奴 御園セブン・香島ラッキー 平和ラッパ・浅田家日佐丸 玉松一郎・ミスワカナ 植田民郎・三露イチロー ミス若子・桂春雨 秋山ヒゲ虎・富士野芳夫 ハリキリ麦兵・トツカン花兵 村瀬ジャズ子・村瀬スヰング 酔月楼とり三・中井染丸 浜お柳・河内家鶴春

〇六月一日 正午開演日曜十時開演 角座 《演 芸》

新興演芸部大阪進出披露興行

【出演者】ミスワカ子・藤春雨 ムラセスイング・ムラセジャズ子 酔月楼とり三・中井染丸 松葉家奴・吉野喜蝶 青島ラッキー・御園セブン ハットボンボンズ 浅田家日佐丸・平和ラッパ ミスワカナ・玉松一郎 あきれたボーイズシヨウ 豆千代

〇六月十一日〜 松竹劇場

まげものナンセンス 旅は朗らか 六景 新興笑ひの楽園 兵隊喜劇二の替り 馬と兵隊の巻 祐十郎一座 名曲とタップシヨウ 白高山 杉マサル 杉京美 ミュージカルコメディ 愉快なるかな初夏 八景 ハットボンボンズ

漫 才 【出 演】 秋山ヒゲ虎・富士野芳夫 ミス若子・桂春雨 中井染丸・酔月楼とり三 松葉家奴・吉野喜蝶 浅田家日佐丸・平和ラッパ 曲芸丸一小楽・丸一健坊 セーラー漫才 青柳ナナ・ミチロー 時局諧謔漫才 浪速マンマル・マンルイ

〇七月十一日〜 松竹劇場 新興演芸 二の替り

女剣戟 暴れ合羽 玉水昌子一座 ハット・ボンボンズ プリズム・シヨウ ハダカゲキ戦捷日本 浪 曲 雲井芳雄 漫 才

〇七月二十一日〜 松竹劇場 新興演芸 三の替り

夏姿鴛鴦峠 三景 玉水昌子一座 ハットボンボンズ構成 われらが商売往来 儲けまシヨウ 【出演】大竹タモツ 中野弘高 花房英夫 木戸新太郎 奈良ひとみ 立花芳枝 ダンシングチーム 特別出演 町田金嶺 応援出演 新興ハット・ボンボンズ オールジヤパン新興スヰングオーケストラ ほか 音曲漫芸 巴家一行 正 調 鹿児島小原節 漫 才

九月十一日〜(二十)日 松竹劇場

新興シヨウ 百万円狂騒曲 新興バラエティー ハット・ボンボンズ アクロバット・シヨウ タツプタツプシヨウ

浪 曲 筑波武蔵 漫才選抜競演会

この公演大収穫は六人編成の樂團”ハットボンボンズ”の出發で、一應は自由に数種の楽器を操れる強味に、適度の煽情術を心得、ドタバタに堕さない旋律的な動作は、娯しめる演奏術と相俟つて、前途甚だ期待出来る、傳へられる處によれば、幾度か馘首にしようとしながらこれを育てあげた新興演藝部の努力も買はるべきだ

特筆したいのは、ヴォードヴィルの方で名をあげたハットボンボンズだ。 実体はジャズマンの寄り集まりで、 皆、公園をもじったような芸名をつけていた。 福井幸吉(現関沢、pm) が豊島園彦、小峰淳一 (sax) が日比谷公、砂山美光(p)が丸の内街男、志津恒応(b)が浜美奈登、渡辺章(ヴァイオリン)が銀武羅夫、 中村佐平次(ds)が御里夢中。 それで楽器ギャグをやる。 スパイク・ジョーンズのシティ・スリッカーズの線で、現今のクレイジー・キャッツやドリフターズの先輩であるが、この手のものとして傑作グループだったと思う。 全員が自分の楽器のミニチュアを造って、それで演奏したり、楽器で空中戦の実況を試みたり、「勧進帳」を演じ、義太夫ばりの演奏をしたり、まことに面白かった。 金盥で殴りっこしたりするギャグもこの連中がすでにやっていたと思う。 新興演芸部であきれたぼういずと人気を競り合い、次第にヴォードヴィル的色彩が濃くなっていったが、しかし本来の演奏もよくスイングしていた。福井、砂山、志津、渡辺などは当時のジャズマンとしても一流だったと思う。そうして、戦時下で、わずかにジャズっぽいフィリングが聴けるのは、田中和男等の松竹軽音楽団と、このハットボンボンズだったような気がする。

ハツト・ボンボンズ

新興演藝部であきれたぼういずのチームに對抗してゐるハツト・ボンボンズは所謂ぼういずものではなく六人編成のショウ・バンドで、ジャズの漫畫化を狙つて大成功を拍してみる。音が主力だがプレイアーが何れも相當な技倆を有つてゐるので、音楽ショウとしてはマトモから聴いてゐて面白い。テナー・サキソフオンがソロで、虎造のフシを吹くところなぞがミソである。ハツト・ボンボンズではシーム・ソング (Theme Song グルーブが看板にしてある曲)に鳩ポッポを使つてゐる。 ハット・ボンボンズにひつかけたのが、ここら邊も氣がきいてみて傑作だ。 三人寄れば文珠の智慧、 と云ふが四人も六人も寄つてゐるのだから、 各チームとも虎造やダイナばかりでなく、アッと驚くスタイルで、新しい秋刀魚みたいな味のものを、どしどしみせて貰ひたいものである。

〇十一月二十一日〜(三十)日 松竹劇場

女剣劇桜田門余聞 勤王女役者 玉水昌子 ミユジカルコメデイー どれみは人生 ハットボンボンズ 新興ヴァラエティ 冬来りなば 新作漫才大会

ハットボンボンズのレコード

ーということはハットボンボンズの演奏を録音の形でも聴くことは、今の段階では不可能だと「そういうことになります。SPレコードの蒐集家のみなさんが必死で探しておられるのですが残念ながら」

太平洋戦争

〇一月一日〜 松竹劇場 音楽喜劇 チャンポン街道 ハットボンボンズ 新興バラエテ 響け革靴 実演若旦那混戦記 女剣劇剣術二人娘 オール新作漫才

今、京阪神、東京を湧き返へらせ演藝界と云はず音楽界まで風靡してゐる世紀の人氣者『ハットボンボンズ』とはどんなものか? 當時、東京と京阪神をカケ持ちで忙がしく活躍してゐるこの人氣者は、昨年春新興演藝部の創立と共に、演藝界にデヴユーした新人である。『 音楽喜劇 ミュージカルコメディ 』を表標して立つこのチームは、獨身美貌の六人の青年音楽家によつて組織されてゐる。 バンド・マスター豊島園彦トラムペツト、日比谷公サキソホン、丸の内街男ピアノ、濱美奈登バス、銀武良夫ヴァイオリン、御里夢忠ドラムで、バンドマスターの藝名が示す如く豊島園少年音楽隊の出身で過古十年間メムバーに一名の變動もなく、一絲乱れざる統制の下に火の出るやうな精進を續けて昨春想ひ出の東京に因む名前をつけて、ステーヂに脚光を浴びた。 彼等は前述の専門楽器の外に各自四種以上の楽器をマスターしてゐることが他のいづれのバンドよりも軒口が廣く、行動半径が大きい。即ち多藝の強みは彼等が口にする音楽喜劇なるものの發生した原因である。 ――そこで音楽喜劇とは―― 文字通りに解釈すれば、軽い音楽と喜劇の交流である。具體的に説明すればなんら擬音専門楽器を使用することなく、例へば馬の嘶き、汽船、汽車、自動車の音、浪の音、蟲の聲、他にエトセトラの音を、各自の楽器で容易にこなす。この手法を用ひたものが、今全國を燎原の火の如く流行する廣澤虎造の「森の石松金毘羅代参」の浪曲のメロディをサキソホンで、相の手をトラムペツトで利かし浪曲を忽ちにして音楽化する。 同じく、ボンボンのヒツト物で「ニース」と云ふ題名の舞臺は、我が勇猛果敢なる荒鷲の南京空爆を描寫したもので、トロンボンとトラムペツトで爆音を表現、爆弾投下の空氣を截る金属音的な音響をヴァイオリンで、爆破の音響をピアノ、機關銃の音をドラムで傳へる等のリアリズムな演出は、古今未曾有で日本音楽界、否世界音楽界のエキスパートが為し得なかつたところである。 又、最近の問題作「裏街の勧進帳」は正に辨慶、義経も三舎をさける奇想天外のものである。 古くから傳へられる長唄「勧進帳」を語るにこの連中は鼓も三味線も持たず、水差し、丹塗りの箱枕、風呂桶のたぐゐにギターにバチを添へて持ち出すと云ふ凡そ大變なもので、語りも「旅の衣は鈴懸けの……」 でなく、「旅は恥のかきすての、智慧なき頭しぼるらん……」 と語りだすや、枕だとか、桶、水差しの類が小鼓大鼓の代用をして盛んに鳴り出し、ギターが三味線のかわりをやつてのける。その企畫、構想の妙は全く天衣無縫にて、皆々腕におぼへの技術は昨今かけ出しの楽隊屋とは違ひ、些のインチキ性もなくアイデイアを充分に生かしてゐるさまは心憎いばかりである。 かくて、東京、京阪神の初舞臺で決定的な聲儥を得たハツト・ボンボンズはその後順風満帆の勢で昨年以来演藝界、音楽界に雄飛して今や斯界の寵児として中央に於て絶讃を拍してゐる。この六月は中央より踏み出し、北海道公演に於て好評を得て居り、後に残された攻略すべき地區は臺湾、朝鮮、満洲と云ふことになつたが、新興演藝部ではハツト・ボンボンズが上記の各地に派遣するやうな企畫があるときくから、その實現も遠いことではあるまい。 幸ひ、音楽愛好の士、或は漫才を以つて代表する千遍一律の在来の演藝に飽き足らぬ人々は必ずや期待にそむかないものがあると信ずる。

〇九月二十一日〜 松竹劇場 永田キングと興亜行進譜 音楽と兵隊 ハットボンボンズ 新興新作漫才

〇十月一日〜 松竹劇場 征矢大陸 新興乗合船 雷門舞踊座・新舞踊合同 愉しい老後 淡海 唄とタツプ ミミー宮島 音楽と兵隊 ハットボンボンズ 新興新作漫才

〇一月二十一日〜(三十一)日 松竹劇場 音楽手帖 ハットボンボンズ 永田キングショウ 美の祭典 喜劇縁結び出世侍 漫才

〇五月一日〜(十)日 松竹劇場 (松竹歌謡祭)

歌と音楽のアトラクション 神田千鶴子 海軍記念日奉祝前奏曲 あきれたぼういず 皇国の興廃 この太平洋に在り ミミー宮島 隣組狂騒曲 新興歌謡劇団 軽音楽 ハットボンボンズ 新舞踊 新興振袖連 漫才

〇五月十一日〜(二十)日 〈歌謡まつり〉第二陣

独唱と音楽の実演 日暮里子 小泉幸雄とその楽団 新妻と居候 新興歌謡劇団 出てゆけ素足のお姫様 あきれたぼういず・新興快速舞隊 新日本音楽集 佐和利集 ハットボンボンズ 漫才

八月十一日〜 松竹劇場 〈納涼お盆特別大興行〉

民謡道中膝栗毛 日佐丸ラッパ 雷門五郎 妄想部落 永田キング一座(十五日まで) 音楽道場 ハットボンボンズ(十五日まで) 少女アクロバット 大橋少女舞踊団(十七日まで) 漫 才

〇九月二十日〜 松竹劇場 健康美シヨウ日独伊 益田隆舞踊研究団 新興舞踊隊 音楽喜劇結婚行進曲 小林千代子一座 歌謡豪華シヨウ 神田千鶴子 軽音楽 ハットボンボンズ 続演 名犬竜号(※学者犬) 漫 才

〇十月三十一日〜 松竹劇場 海国綺談 あきれたぼういず 新興快速舞隊 何処へ 新進劇団 軽音楽 ハットボンボンズ 漫 才 【出演】サクラ・ヒノデ 芳若・豊子 貴美子・富美子 日佐子・絹奴 美津子・比呂志 日佐絵・正八 豊香・サヨ子

十一月二十一日〜 松竹劇場 元禄武士道一代男 日佐丸劇団 【出演】日佐丸・ラッパ 特別出演 沢力夫 応援出演 花園キク子・ツユ子 浜田家日佐一・日佐治 〆廼家政月 津村敬一 杉原松月 松本アオバ 南隅子ほか

大合同ショウ 亜細亜の乙女 新興舞踊隊 ミミー宮島 京町操 音楽ショウ ハットボンボンズ セルビアン楽団 漫 才 【出 演】 漫弾(新乃亮・喜代治) 竹幸・出羽助 洋月・艶子 寿々男・まり子 ノボル・テル子

ハットボンボンズと戦争

〇一月一日〜 松竹劇場 軍国歌謡合戦 丹下左膳大岡政談 永田キング一座 青春劇団 青春日本晴れ 新興歌謡劇団(歌謡曲)ハットボンボンズ 漫 才

〇二月十日〜二十日 松竹劇場 花咲く共栄圏 秦国の踊り 新興舞踊隊 ミミー宮島 宮本武蔵 卜伝閑居の巻 青春劇団 軽音楽 ハットボンボンズ 漫 才

〇四月(十一)日〜(二十)日 松竹劇場 明朗軽喜劇 天晴れ若旦那 藤井貢 伴淳三郎 小鳩の笛 新進劇団 楽しき日向路 葉村舞踊隊 新興舞踊隊 (軽音楽)ハットボンボンズ 漫 才

〇五月二十一日〜 松竹劇場 ビルマの少女 伏見信子 二村定一 兄いもうと 劇団文化座 軽音楽 ハットボンボンズ 漫 才

〇八月(六)日〜 松竹劇場 演目差し替え 夏の団扇絵 新興振袖連 軽音楽 ハットボンボンズ

〇八月十一日〜 松竹劇場 をり鶴七変化 伊原史郎 軽音楽 ハットボンボンズ あひる艦隊 漫 才 東声小柳ほか

〇九月(二十)日〜 松竹劇場 爆笑軽喜劇 箱入らず娘 新生歌劇団 軽音楽 ハットボンボンズ 二十五日まで キングレコード歌謡大会 司会 田中徳三郎 伴奏 あひる艦隊 (林伊佐緒、横山郁子、松山映子、宮城しのぶ、近衛八郎) 漫才 ヤジローキタハチほか

〇十一月二十一日〜 松竹劇場 お小夜恋姿 永田キング一座 新舞踊もみぢ絵巻 新興振袖連 燈台もと明るし あきれたぼういず 葉村舞踊隊 新興舞踊隊 歌謡唱 甲斐百合子 (軽音楽)ハットボンボンズ 漫 才 ラッキーセブン、司郎喜世美ほか

〇四月十日〜 京都座 鈴木澄子の実演 新釈お吉野菊物語 新生劇合同応援 軽音楽 ハットボンボンズ改め愉快な楽人 新興新作漫才 日佐丸・ラッパほか

しかし、その苦労も報われず、丸の内街男は戦死。『東京新聞』(1943年3月5 日号 )に訃報が出ていた。

丸の内街男北支で戦病死

ハット・ボンボンズ改め愉快な楽人一党の丸の内街男(本名砂山義光)君は昨年応召、北支戦線で奮戦中、不幸病を得て遂に陣没した譯、留守宅を守る細君から知らされてきたが丸の内ら一党中の??と同じ??音楽隊の出身で、ピアノを受持ちながら、このほかギターアコーデオン、ピッコロ、ドラム、シロフォン、バンジョーから、果ては三味線等に至るまで、十何種の和洋楽器を自由にして、而も人格的にも敬慕されてゐた楽人でたつた、遺族は和子未亡人と一粒種ヒロシ(四つ)さんがある。

○三月(一)日〜(十日は休業) 正午開場 京都座 日佐丸ラッパの爆笑実演浪曲劇 万石一粒丸 日佐丸ラッパ劇団 舞踊喜劇法界坊 雷門五郎一座 (笑ふ音楽)ハットボンボンズ改メ愉快な楽人 【出 演】豊島園彦 日比谷公 御里夢忠 浜美奈登 銀武良夫 大児七郎 大木戸一 漫 才 奴・喜久奴ほか (※愉快な楽人が南方慰問から帰還第一回の公演と補遺あり)

○三月(二十二)日〜(三十日は休業)京都座 大歌謡唱 日暮里子 鈴村一郎 緑川嘉信三重奏団 明朗時代劇 殿様明暗録 新生劇 倅 雷門五郎一座 特別出演 花柳貞奴・花柳愛子 (軽音楽)愉快な楽人 女流浪曲 薫風軒桜月 漫 才 小豆・かほるほか

〇五月一日〜 京都座 名月赤城山 川浪良太郎一座 (音楽ショウ)愉快な楽人 現代明朗喜劇 へちま 青春劇 漫 才 日佐丸ラッパ

「丸の内は応召して戦死したが、豊島は日活ファミリー・クラブ、日比谷は映音、浜と銀は青森三沢基地、御里は東京周辺の 基地で、演奏生活をつづけている。」

焼け跡とハットボンボンズ

1946年12月、浅草常盤座への出演で本格的に復帰。『演芸新聞21号』(12月下旬号)に「ハットボンボンズの復活 浅草常盤座 ハットボンボンズが久しぶりに東京へ姿を現した……」という記事があるが、保存状態がすこぶる悪く解読する事が出来ない。

ハットボンボンズ

バンドリーダー トロムペット 豊島國彦 ベース 濱美奈登 ドラム 御里夢忠 アルトサキサホン 銀夢良男 テナーサキサホン 日比谷公次 トロンボーン 富井斗志 アルトサキサホン 丸の内街男 トロンペット 山尾登 トロンペット 波守攘 ピアノ 安湖まき

マネージャー 森田健三

ハットボン/\新メムバー

舞台または近頃映畫に活躍しているハットボンボンがメムバーを増強して一層ハリキルことになりこのほど新メムバーで記念のシャシンを取った即ち上掲の如しである、新メムバーはトロムペットの豊島園彦君をはじめ同じく山尾登、波守攘、トロンボーン 富井斗志、サキソホン丸の内街男、銀夢良男、日比谷公次、ピアノ安湖まき、ベース 濱美奈登、ドラム御里夢忠の諸君。

☆『ラッキー・サンデー」4場(28・2・18→3・3) 〇構成(山本紫朗)演出(堀内一)振付(岡正躬)装置(三林亮太郎)衣裳 (吉村倭一)音楽(村山芳男) 〇出演ーディック・ミネ、トニー谷、市村俊幸、空飛小助、小島まり子、ハット・ボンボンズほか、NDT

ニューヨークの大遊園地コニー・アイランドを舞台に、土曜日の夜から日曜日にかけての賑わいとペーソスを狙ったモダン・ バレエ。和歌みつるの抜擢、トニー谷、市村俊幸、ディック・ミネ、空飛小助、ハット・ボンボンズ等の起用がことごとく図に当って、娯しさの溢れたショーになった。

ハットボンボンズの解散

「丸の内は応召して戦死したが、豊島は日活ファミリー・クラブ、日比谷は映音、浜と銀は青森三沢基地、御里は東京周辺の基地で、演奏生活をつづけている。」

1964年11月26日、NHK放映の『黄金の椅子「昨日から明日へ」―林 伊佐緒― 』で、久方ぶりに、日比谷(小峰)と園田(関沢)が顔を合わせた。

69歳今青春「オールドボーイズ」がジャズ公演

平均年齢六十九歳のジャズメン・グループ「ジミー原田&オールドボーイズ」が十四日午後六時から東京・有楽町の読売ホールで「今、青春!」と題して初コンサートを開く。初アルバムを出したのを機会に、円熟したサウンドを楽しんでもらおうという催しだ。 グループは昭和五十年秋、谷口又士(トロンボーン)をリーダーに上野正雄(クラリネット)、関沢幸吉(トランペット)、小原重徳(ベース)、ジミー原田(ドラムス)とピアノの六人でスタートしたが、間もなくピアノが増尾博に入れ替り、五十五年四月、谷口の死去により馬場誠一(アルトサックス)、チャーリー菊川(ボーカル)を加えて原田をリーダーに再出発した。

〇関沢幸吉さん死去

関沢幸吉さん(せきざわ・こうきち=ジャズトランペット奏者)17日、心不全で死去、88歳。葬儀は19日正午から東京都板橋区徳丸1の8の5の東武練馬シティホールで。喪主は長男一賀(かずよし)さん。 日本のジャズトランペットの草分け的存在。コミック・ジャズバンド「ハット・ボンボンズ」にリーダー格で参加。戦後はジミー原田のバンドなどで活躍した。

喜利彦山人をフォローする

関連記事

三遊亭川柳 河内家芳春(初代) 宝家和楽・和喜美 菅原忠丸・ミスリリー 都家駒蔵・花菱蝶奴 寺島玉章・茶目 土佐南海男・香取せん子

コメント

コメントをどうぞ コメントをキャンセル 最近の投稿 過去の記録 カテゴリー 他の漫才師も探す © 2020 上方漫才のすべて(仮) The kamigata manzai collections.

You cannot copy content of this page

📎📎📎📎📎📎📎📎📎📎