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第九交響曲の和訳&歌詞の意味!合唱パートの解釈は?〈ベートーヴェン作曲, 歓喜に寄す〉

しかし、ここで重要な時代背景として理解しておきたいのは、ベートーヴェンの時代は 「社会における孤独」が表面化した時代 でした。ではそれより前の時代はどうだったのかと言えば、世界はいわゆる「 階級社会 」でした。つまり、貴族は貴族、平民は平民というように、 それぞれがそれぞれの階級で共同体を形成していました。 その 集団そのものが個人のアイデンティティと結びついて、個人は常に共同体と一心同体 でした。そのため、社会における孤独感というは少なかったと思います。

しかし、1789年にフランス革命が起きると、その体制が崩れます。その結果、今も現代に残っている 「 社会における孤独 」 という問題が生じます。階級という共同体がないわけですから、社会に馴染めない人、合わない人、社会不適合者と言われるような人にとってこの問題は非常に深刻でした。それは気難しく、他者とのコミュニケーションが苦手であったと言われるベートーヴェンも同様です。

そして、この 第九の詩で繰り返し歌われ 、最もメッセージ性が強いのが 「 Alle Menschen werden Brüder/全ての人々が兄弟になる 」 という一文です。ソリストもこの部分をアンサンブルで歌い上げますね。なぜベートーヴェンがこの詩に対して何度も音を付けていたのか。その裏にはベートーヴェン自身が抱えていた「 孤独 」というテーマを内包しているのではないかと考えざるを得ません。

そのあとの詩で「Wo dein sanfter Flügel weilt./あなたの柔らかい翼が留まるところで。」というのがありますが、 これは一体どこでしょうか? 以下に少し個人的な解釈を述べたいと思います。

まず、ここに出て来る「 あなた 」は先ほど説明したように、 神のこと を指していると考えられます。Flügelは翼のことですが、これは 天使を連想させる単語 です。 天使は神の意志を伝令したり、伝えたりする役割があります。 翼を持った生き物(天使は生き物ではないですが)は特徴として、どこかに 留まる (weilen)ことがあります。例えば、鳥であれば木に留まりますし、トンボは竿の先に留まります。

これらのことを念頭に置いて詩を少し解釈してみると、「あなた(神)の柔らかい翼(天使=神の意志)が留まるところ」つまり、その場所とは自分の「心」「信仰」「意志」のようなところになるのではないでしょうか?つまり、「あなた(神)の柔らかい(暖かい・愛情のある)翼(神の意志や御心)が留まる(届いた)ところ(そういう人のもと)」で、「全ての人々が兄弟になる。(隣人愛を実行したような状態になる)」というような意味であるように思います。

つまり、 あなたの心に神からの意志・愛があれば、全ての人々は兄弟になる ということです。これはキリスト教における隣人愛のようなことだと考えられます。キリスト教の隣人愛については下の記事にまとめています!

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説④ Wem der große Wurf gelungen,/大いなる仕事に成功した人は、 Eines Freundes Freund zu sein;/一人の友の友となり、 Wer ein holdes Weib errungen,/優しき女性を得た人は、 Mische seinen Jubel ein!/彼の歓喜の声に合わせよ! Ja, wer auch nur eine Seele/そうだ、ただ一つの魂しか、 Sein nennt auf dem Erdenrund!/この地上で自分のものと呼ぶことができない人も! Und wer's nie gekonnt, der stehle/そして、それが出来なかった人は Weinend sich aus diesem Bund!/泣きながらこの集いから立ち去れ!

ここで重要なのは一番最後の人物です。自分の魂しか自分のものと呼べない人は 「 孤独 」 です。ここでの代名詞「es/それ」は、「歓喜に声を合わせる」ということです。その前の「優しき女性を得た」ということはそこまで重要ではなくて、 「歓喜に同調する」 ということが重要で、「歓喜に同調出来ない人」「泣きながら立ち去る」というようになっています。

ちなみに第九の合唱では、「Ja!!(そうだ!!)」からバスパートが先に出ます。これは 音楽におけるキャラクター性 も関係していると言われています。それは「ソプラノ=若い女性、アルト=年老いた女性、テノール=若い男性、バス=年老いた男性」というようなものです。実際がそうであるかは別として、音楽の中で各声部はそのようにキャラクター分けをされています。

そのため、ここで男性のバスパートが先に出るのは、 最初に年老いた男性が同調する⇒みんなもそれに同調していく 、というストーリーになっているとも考えられます。時代背景的に、年老いた男性は最も権力があったので、彼らが主導したものは社会全体を巻き込めるからです。

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説⑤ Freude trinken alle Wesen/あらゆるものは歓喜を飲み、 An den Brüsten der Natur;/自然の乳房から、 Alle Guten, alle Bösen/すべての善人も、すべての悪人も Folgen ihrer Rosenspur./薔薇の道をたどる。

ここでの注目ワードは、 「薔薇の道」 です。結論を言うと、これは 「愛の道」 のことだと考えられます。また、薔薇の道は言い換えると「いばら(とげがある)の道」を指します。もし道が薔薇で引き詰められていて、そこを歩くと怪我をして血が流れます。 薔薇が西洋において愛の象徴であるのは、血の色だから です。

聖書の解釈では、「 イエスキリストは、愛ゆえに、我々人類の罪を許すため血を流した(死んだ) 。」とされています。マタイ受難曲にもこの詩を題材にした美しいアリアがありますね。そのため、宗教的な意味合いの強い詩や音楽の中では、 血は愛を表し 、血を意味する 薔薇も愛を表現する のです。つまり、ここでは全ての人間は薔薇の道をたどる、つまり 愛の道 をたどるのだ ということを歌っています。

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説⑥ Küsse gab sie uns und Reben,/自然は私たちに口づけとワイン、 Einen Freund, geprüft im Tod;/死の試練を受けた一人の友を与えた。 Wollust ward dem Wurm gegeben,/虫けらにも快楽が与えられ、 Und der Cherub steht vor Gott./天使ケルビムが神の前に立つ。

口づけは愛情の表現 です。また ワインも を表現していますが、この場合は「 血液(生命) 」の感じの方が強いです。というのも、キリストは最後の晩餐でワインを「 私の血です、飲みなさい 」と述べるからです。ですので、「自然が口付けとワインを与えた」という歌詞は、 「世界(神)は愛と生命を与えた」 という意味合いが強いと思います。

「死の試練」は我々の宿命である、「死」そのもののことでしょう。また、「死の試練を受けた一人の友を与えた」という表現になっていますが、この「友」は自分自身のことかもしれません。そう考えると、 自分という人間がこの世界に産み落とされた ということを意味しているとも考えられます。

なぜ「友」を「自分」とダブらせるのかと言えば、「全人類が兄弟になる」という意味の本質的な意味は、「他人と自分を重ねる」ということ。「他人と自分を同一化すること」が含まれているように思われるからです。それはアドラーで言うところの「共同体感覚」です。人が人に愛情を与えたりするには、相手を自分だと思う感覚がなければ難しいからです。

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説⑦ Froh, wie seine Sonnen fliegen/喜ばしく、彼の太陽が飛翔するように、 Durch des Himmels prächt'gen Plan,/その大空の壮麗な平地を通って、 Laufet, Brüder, eure Bahn,/走れ、友よ、君たちの道を Freudig, wie ein Held zum Siegen./喜んで、勝利へ向かう英雄のように。

「彼の太陽」の「彼」は、天使ケルビムのことを指しています。 ケルビムは生命の木や契約の箱などを警護しており、翼をもった人間・ライオンなどの形で示されます。光輝くイメージ ですね。

次の詩、「君たちの道を走っていけ!」というのはなんかカッコいいですね。それが「勝利へ向かう英雄(ヒーロー)のように」というのも素敵です。 Seid umschlungen, Millionen!/抱きあえ、百万の人々よ! Diesen Kuß der ganzen Welt!/このキスを世界に! Brüder, überm Sternenzelt/兄弟よ!星空の上には Muß ein lieber Vater wohnen./愛する父なる神が住んでいるに違いない。

現在、世界の人口は70億人ですが、例えば1802年には 10億人 しかいませんでした。そう考えれば、もちろん 百万の人々というのは今の感覚よりも多くの人間を表します。

このパートの音楽的解釈を述べると、ここは男性合唱のユニゾンです。これはつまり、 グレゴリオ聖歌 が基になっていると考えられます。非常に宗教的な色合いが強い箇所です。

キスは先ほど同様に愛情の表現、しかも 自分から他者へ与える愛の表現 です。そのあとに出て来る単語の「Sternenzelt」は、「Sternen/星々」と「Zelt/テント」を合わせた言葉です。 空を天幕に見立てた優雅な表現 ですね。

「muss」は「müssen(英:must)」という助動詞で「~しなければならない」という意味ですが、強い推量も表します。ここでは 「~に違いない!」 という意味になります。

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説⑧ Ihr stürzt nieder, Millionen?/君たちはひれ伏すか、百万の人々よ? Ahnest du den Schöpfer, Welt?/あなたは創造主を予感するか、世界よ? Such' ihn überm Sternenzelt!/星空の上に彼(創造主,神)を求めよ! Über Sternen muß er wohnen./星々の上には彼(神)が住んでいるに違いない。

ここで使われている分離動詞の「niederstürzen」という動詞は、 急にひざまずく という時に使われる表現です。また、 膝から崩れ落ちる・落下する といった意味もあります。

ではどういったときそういったことが起こるのかと言えば、人は何かに気づいたとき、悟ったとき、自分ではどうしようもないことが起きた時、圧倒的な存在を目の当たりにしたとき、そういったことが起こりえます。ここでは個人が神の力を信じるかどうかが問われており、 神の力や神の愛で世界を(人と人を)結び付けようとしている のです。

第九交響曲の歌詞対訳と解釈&解説⑨ Seid umschlungen, Millionen!/抱きあえ、百万の人々よ! Diesen Kuß der ganzen Welt!/このキスを世界に! Brüder, überm Sternenzelt/兄弟よ!星空の上には Muß ein lieber Vater wohnen./愛する父なる神が住んでいるに違いない。 Seid umschlungen,/抱きあえ、百万の人々よ! Diesen Kuß der ganzen Welt!/このキスを世界に! Freude, schöner Götterfunken/歓喜よ、美しい、神々の火花よ、 Tochter aus Elysium,/楽園からの乙女よ Freude, schöner Götterfunken, /歓喜よ、美しい、神々の火花よ、

Seidはsein動詞(英語のbe動詞)の命令形です。もちろん、抱き合うというのは身体的な意味ではなく、 精神的に繋がる という意味を持っています。キスを世界にというのは、 自分の愛情を他者に、世界に、 という意味ですね!

個人的にですが、ベートーヴェンの第九で最も美しい美しいシーンのひとつが、916小節目のアウフタクトからはじまる 「Tochter aus Elysium」のMaestoso です。この意味は最初に述べたように、 「 天(神、世界)からの愛 」 を歌っています。このシーンを世界の愛を感じて歌うことができればまさにZauber(魔法)のような演奏になると思います。

「君を愛す(Ich liebe dich)/ベートーヴェン」の歌詞対訳と解説【L.v.Beethoven】(ドイツ語/日本語)

「君を愛す(Ich liebe dich)/ベートーヴェン」の歌詞対訳と解説【L.v.Beethoven】(ドイツ語/日本語) どうも、こんにちは!声楽家&ブロガー&ボイストレーナーのとらよし(@mo .

ベートーヴェンがなぜこの詩を選んだのか

先ほどからベートーヴェンが「 孤独 」を抱えていたと紹介しました。ほんの少しだけベートーヴェンの生涯について考えてみましょう。彼は生涯独身でした。しかし、それを 望んでいたかというとそうではありません。

彼の生涯を知るのに重要な資料として、1812年「不滅の恋人」宛に書かれた3通の手紙が残されています。相手はアントニエ・ブレンターノという女性だと言われていますが、そこには 彼の求婚とその拒絶 が書き示されています。彼はこの頃、難聴による危機や「ハイリゲンシュタットの遺書」で見られる危機的状況を乗り越えたあとで、社会的な評価や名声を獲得していた時期でした。

そんな中、彼が求めていたものは 親しい人間との関係や愛情 、もっと具体的には 結婚 だったのです。この時期に声楽曲では有名な連作歌曲集「遥かなる恋人に寄す」という作品が生まれているのも興味深いです。

現代社会がかかえる孤独

孤独の問題は日本の現代社会が抱える深刻な社会問題です。また欧米での研究結果によると 「孤独」は伝染する と言われています。孤独感を持った人が多いコミュニティ(研究では大学や会社など)は、孤独感を持つ割合が高くなると言われています。

孤独であることは自由気ままに生活できること、自分で多くの事柄を決定できるという側面がありますが、一方で健康寿命を縮めたりするということもあるようです。「孤独死」に代表されるように、若いうちはさほど問題ではないかもしれませんが、年をとってからの孤独は本当に大きな問題であるように感じます。

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もしかするとあなたは近々第九を歌うかもしれません。歌や音楽、合唱の良い所は 「 誰かとアンサンブルをすること 」 です。誰かと共に歌うことはまさにこの 「孤独」から脱する最も素敵な解決方法のひとつ です。そして質の高い、良い音楽の為には、「周りへの気配り」が必要です。

今自分が 旋律 を歌っているのか、あるいは ハモリ を歌っているのか、隣のパートとの バランス はどうか、 合唱が重要 なのか、 オーケストラが重要 なのか、 歌に限らず音楽や人間関係で大切なことのひとつはバランス感覚 であると思います。

それが 音楽をする ということ、あるいは アンサンブルをする ということです。自分だけ良い声が出ればよいという問題ではありません。それはむしろ「 孤独 」な状態です。良い音楽の為に必要なことは、 他者に心を開く ということ。そしてそれは 音楽に・自分自身に心を開く ということです。そして最後に、 あなたの耳が外に向かって開かれていれば それほど素敵なことはありません。

もしあなたがこの曲を歌うのであれば、是非そういったことに挑戦してみてください。きっとただ歌うだけではない、また違った感覚が芽生えるはずです。それはきっと ベートーヴェンが求めていた歓喜の感情 、そして 歓喜の歌 です。 最後まで読んで下さり、ありがとうございました! Alles gute!!

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※作曲者のベートーヴェンについて更に深く勉強したい方はロマンロランの書いた「ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫) 」がオススメです。また第九交響曲については同じくロマンロランの「第九交響曲」が有名です。こちらはすでに絶版ですが、おそらく図書館などに行けば読むことができると思います。学部の頃に合唱の授業で知って読んでみたのですが、かなり興味深いです。オーケストラを座って聴いているときに沢山面白い発見ができると思います! 他にも第九関係はかなり本が出版されているので、図書館などで借りてみるのがおススメです!

最後に、もし私個人に合唱への音楽指導、合唱団全体への詩のレクチャー、ソリストや合唱エキストラ等、お仕事のご依頼がある場合は、 下記プラットフォームからお気軽にお問合せください! 特に合唱で第九をされるのであれば、こういった座学的な時間をもうけるのはとても大事なことです。 歌は総合的に学んでいくことでより深く、楽しく、自分の財産になっていきます。

皆様と素敵な音楽を共有できればそれこそ私にとっての歓喜です! 最後まで読んでいただきありがとうございました!それではまたお会いしましょう!

O, Freude!!

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