【021】虎牢関の戦い:三英雄(劉備・関羽・張飛)が呂布と戦い敗走させる
董卓 ( とうたく ) は軍を2手に分けると、 李傕 ( りかく ) ・ 郭汜 ( かくし ) に5万の兵で 汜水関 ( しすいかん ) を守らせると、 自 ( みずか ) ら15万の兵を 率 ( ひき ) いて 李儒 ( りじゅ ) 、 樊稠 ( はんちゅう ) 、 張済 ( ちょうせい ) らと 虎牢関 ( ころうかん ) に入り、 呂布 ( りょふ ) に3万の兵を与えて 虎牢関 ( ころうかん ) の前に陣取らせました。
そうだっ!今まで散々 華雄 ( かゆう ) にビビってたけど、まだ 呂布 ( りょふ ) がいたんだった!
呂布 ( りょふ ) さんと 関羽 ( かんう ) さんって、どっちが強いの?
虎牢関の戦い
虎牢関を攻める董卓 ( とうたく ) が 虎牢関 ( ころうかん ) に入ったことを知ると、 十八路諸侯 ( じゅうはちろしょこう ) も軍を2つに分けて攻撃することにします。
- 河内太守 ( かだいたいしゅ ) ・ 王匡 ( おうきょう )
- 東郡太守 ( とうぐんたいしゅ ) ・ 橋瑁 ( きょうぼう )
- 済北相 ( せいほくしょう ) ・ 鮑信 ( ほうしん )
- 山陽太守 ( さんようたいしゅ ) ・ 袁遺 ( えんい )
- 北海太守 ( ほっかいたいしゅ ) ・ 孔融 ( こうゆう )
- 上党太守 ( じょうとうたいしゅ ) ・ 張楊 ( ちょうよう )
- 徐州刺史 ( じょしゅうしし ) ・ 陶謙 ( とうけん )
- 北平太守 ( ほくへいたいしゅ ) ・ 公孫瓚 ( こうそんさん )
の8軍を 虎牢関 ( ころうかん ) に向かわせ、 曹操 ( そうそう ) に 虎牢関 ( ころうかん ) と 汜水関 ( しすいかん ) の間を行き来させるようにしました。
劉備 ( りゅうび ) さんたちは 公孫瓚 ( こうそんさん ) さんと一緒だから、 虎牢関 ( ころうかん ) に行ったんですね。
いよいよ 呂布 ( りょふ ) と対決だな…。
虎牢関 ( ころうかん ) は 唐 ( とう ) の時代に置かれた関所で、 汜水関 ( しすいかん ) とも呼ばれました。つまり、 虎牢関 ( ころうかん ) と 汜水関 ( しすいかん ) は同じ1つの関所を指す名称であり、このお話の舞台である 後漢 ( ごかん ) 末期には存在していませんでした。
『三国志演義』 では、 虎牢関 ( ころうかん ) と 汜水関 ( しすいかん ) を別々の関所として扱っており、 汜水関 ( しすいかん ) を通らずに 虎牢関 ( ころうかん ) に向かえるような位置関係にあったことになっています。
王匡の敗北さて、 虎牢関 ( ころうかん ) に向かった諸侯の中で、一番乗りをした 王匡 ( おうきょう ) が 呂布 ( りょふ ) に 挑 ( いど ) みます。
王匡 ( おうきょう ) が 虎牢関 ( ころうかん ) に到着すると、 呂布 ( りょふ ) は3,000の兵を 率 ( ひき ) いて迎え撃ちました。これに 王匡 ( おうきょう ) は、 河内郡 ( かだいぐん ) の名将・ 方悦 ( ほうえつ ) を当たらせます。
ですが、 方悦 ( ほうえつ ) は5 合 ( ごう ) と打ち合わないうちに突き殺され、勢いに乗った 呂布 ( りょふ ) は、そのまま 王匡 ( おうきょう ) 軍に攻めかかりました。
呂布 ( りょふ ) と5回も打ち合ったなら大したもんだ(笑)
散々 ( さんざん ) に暴れ回った 呂布 ( りょふ ) は、 橋瑁 ( きょうぼう ) と 袁遺 ( えんい ) の軍が到着したのを見ると、やっと兵を引きました。
なんでいつも味方が 揃 ( そろ ) わないうちに戦っちゃうの!?
呂布の武勇さて、残りの5軍が到着した頃、 呂布 ( りょふ ) がまた挑戦してきます。
これに、 上党太守 ( じょうとうたいしゅ ) ・ 張楊 ( ちょうよう ) の配下・ 穆順 ( ぼくじゅん ) が応えますが、 呂布 ( りょふ ) の一突きで馬から突き落とされてしまいました。
続いて8軍の諸侯からは、 北海太守 ( ほっかいたいしゅ ) ・ 孔融 ( こうゆう ) の配下で長柄の 鉄槌 ( てっつい ) を使う 豪傑 ( ごうけつ ) ・ 武安国 ( ぶあんこく ) が 呂布 ( りょふ ) に立ち向かいます。
ですが、 呂布 ( りょふ ) と打ち合うこと10 合 ( ごう ) あまり、 呂布 ( りょふ ) の 方天画戟 ( ほうてんがげき ) が 武安国 ( ぶあんこく ) の腕を突き 貫 ( つらぬ ) いて、その腕を断ち切られてしまいました。
これはまずいと8軍の諸侯が一斉に兵を進めて 武安国 ( ぶあんこく ) を救い出すと、 呂布 ( りょふ ) は 悠々 ( ゆうゆう ) と引き上げていきました。
呂布 ( りょふ ) さん強すぎっ!ここはやっぱり 関羽 ( かんう ) さんじゃないと…。
順番的には次は 張飛 ( ちょうひ ) かな? いきなり志願すると怒られるからね、無駄な犠牲だよ(笑)
劉備・関羽・張飛が呂布と戦う
公孫瓚の危機呂布 ( りょふ ) が引いたので、8軍の諸侯は陣に帰って作戦を練ることにします。
そこで 曹操 ( そうそう ) は「 呂布 ( りょふ ) さえ捕らえることができれば後は恐くはない」と、 十八路諸侯 ( じゅうはちろしょこう ) が集まって、そのための計略を話し合うことを提案しました。
ですがその 最中 ( さなか ) 、 呂布 ( りょふ ) がまた兵を 率 ( ひき ) いて戦いを 挑 ( いど ) んで来ます。
そして、これに全軍をあげて対応した8軍の諸侯の中から、今度は 北平太守 ( ほくへいたいしゅ ) ・ 公孫瓚 ( こうそんさん ) が 自 ( みずか ) ら 呂布 ( りょふ ) に向かって行きました。
お〜っ! 公孫瓚 ( こうそんさん ) ってそんなに強かったっけ?
関羽 ( かんう ) さんは? 張飛 ( ちょうひ ) さんもいるのに。
公孫瓚 ( こうそんさん ) は鉄の 搠 ( つきがね ) * 1 を振るって 呂布 ( りょふ ) と打ち合いますが、すぐに形勢が悪くなり、 踵 ( きびす ) を返して逃げ出しました。
ですが、 呂布 ( りょふ ) が騎乗する名馬・ 赤兎馬 ( せきとば ) は、 公孫瓚 ( こうそんさん ) との距離をグングン縮めていきます。
公孫瓚 ( こうそんさん ) 、全然強くないやんっ!(笑)
ちょっと軽率ですね、 公孫瓚 ( こうそんさん ) さん。
脚注 関連記事 3英雄、呂布と戦う呂布 ( りょふ ) の 方天画戟 ( ほうてんがげき ) が 公孫瓚 ( こうそんさん ) の背中を捕らえようとしたその時、1人の男が2人の間に割って入りました。
「3つの家の奴隷めっ! 燕人 ( えんひと ) ・ 張飛 ( ちょうひ ) ここにありっ!」
そう叫んで1丈8尺の 蛇矛 ( だぼう ) を突き立てると、 呂布 ( りょふ ) は 公孫瓚 ( こうそんさん ) をあきらめて 張飛 ( ちょうひ ) に向き直ります。
お〜っ! 張飛 ( ちょうひ ) さん、良いところにっ!
あっ!「3つの家の奴隷」って 『三国志 Three Kingdoms』 でも言ってたね。
そうですね。 呂布 ( りょふ ) は 丁原 ( ていげん ) と 董卓 ( とうたく ) の養子になっていますから、 呂 ( りょ ) ・ 丁 ( てい ) ・ 董 ( とう ) と3つの姓を持っていると、 嫌 ( いや ) みを言ったんですね。
燕人 ( えんひと ) っていうのは何ですか? 燕 ( つばめ ) みたいに素早いってこと?
燕 ( えん ) と言うのは、春秋戦国時代に 張飛 ( ちょうひ ) の故郷・ 琢郡 ( たくぐん ) 周辺を治めていた国の名前です。
雰囲気としては、 鹿児島県 ( かごしまけん ) 出身の男性を 薩摩 ( さつま ) 隼人 ( はやと ) って言うような感じかな。
呂布 ( りょふ ) と 張飛 ( ちょうひ ) は打ち合うこと50 合 ( ごう ) をこえても、一進一退で勝負がつきそうにありません。
これを見た 関羽 ( かんう ) は、馬にムチを当ててこの戦いに加わります。
張飛 ( ちょうひ ) と 関羽 ( かんう ) は 呂布 ( りょふ ) の両側から 鋭 ( するど ) い攻撃を繰り出しますが、30 合 ( ごう ) を超えても一向に打ち負かすことができませんでした。
強すぎでしょ…。相手は 関羽 ( かんう ) さんと 張飛 ( ちょうひ ) さんだよっ!
まさに規格外の強さですねっ!そしてこの様子を見た 劉備 ( りゅうび ) も、 雌雄一対 ( しゆういっつい ) の剣を抜いてこの戦いに加わります。
え〜っ!さすがに 劉備 ( りゅうび ) は足手まといでしょっ!
劉備 ( りゅうび ) ・ 関羽 ( かんう ) ・ 張飛 ( ちょうひ ) の3人は、 呂布 ( りょふ ) を取り囲むようにして次々に打ちかけます。
するとさすがの 呂布 ( りょふ ) も受けきれなくなったとみて、 劉備 ( りゅうび ) に向かって自慢の 方天画戟 ( ほうてんがげき ) を大きく一振りして 牽制 ( けんせい ) すると、 囲 ( かこ ) みを破って 虎牢関 ( ころうかん ) へと逃走を始めました。
そして、これを見た8軍の諸侯は一斉に攻めかかりますが、名馬・ 赤兎馬 ( せきとば ) には追いつくことができず、 呂布 ( りょふ ) は 虎牢関 ( ころうかん ) の中に消えていきました。
ほら、 劉備 ( りゅうび ) のせいで取り逃がした。
劉備 ( りゅうび ) さんが加わったお陰で 呂布 ( りょふ ) さんは逃げ始めたんだよ。 劉備 ( りゅうび ) さんのこと嫌いなの?
劉備 ( りゅうび ) ・ 関羽 ( かんう ) ・ 張飛 ( ちょうひ ) の3人が 虎牢関 ( ころうかん ) の 櫓 ( やぐら ) を見上げて見ると、そこには人並みならぬ 風貌 ( ふうぼう ) の男が8軍の諸侯を見下ろしているのが見えます。
「あれこそ 董卓 ( とうたく ) に違いないっ! 呂布 ( りょふ ) など討っても意味はない。 董卓 ( とうたく ) を捕らえるのだっ!」
張飛 ( ちょうひ ) は大声でこう 叫 ( さけ ) ぶと、 虎牢関 ( ころうかん ) の城壁を登ろうと突進していきました。
…というところで、 『三国志演義』 の第5回が終わります。
また 張飛 ( ちょうひ ) は 危 ( あぶ ) なっかしいなぁ。
でも今回は、 劉備 ( りゅうび ) さんたち大活躍でしたねっ!
そうですね。 『三国志演義』 の名シーンの1つです。
関羽 ( かんう ) によって 華雄 ( かゆう ) が討ち取られると、 汜水関 ( しすいかん ) を 李傕 ( りかく ) ・ 郭汜 ( かくし ) に守らせて、 董卓 ( とうたく ) 自身は 李儒 ( りじゅ ) 、 呂布 ( りょふ ) 、 樊稠 ( はんちゅう ) 、 張済 ( ちょうせい ) らと共に 虎牢関 ( ころうかん ) に入って守りを固めます。
虎牢関 ( ころうかん ) に攻め寄せた8軍の諸侯は、その前に立ちはだかった猛将・ 呂布 ( りょふ ) に対し、なす 術 ( すべ ) がありませんでした。
そして、その 呂布 ( りょふ ) に立ち向かった 劉備 ( りゅうび ) ・ 関羽 ( かんう ) ・ 張飛 ( ちょうひ ) の3人はみごと 呂布 ( りょふ ) を撤退させ、その名を天下に 轟 ( とどろ ) かせることになります。
次回は、 董卓 ( とうたく ) が大きな決断をしますよ。
次回 三国志演義の解説を順番に読もう! あなたにオススメの記事関連記事
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