イーグルス『ホテル・カリフォルニア』知られざる10の真実
1. 「ホテル・カリフォルニア」の仮タイトルは「メキシカン・レゲエ」だった 今ではLAの暗くて不吉な裏側と同義語となっている「ホテル・カリフォルニア」だが、アルバムタイトル曲は驚くほど 牧歌的な環境下で作られたものだった。ドン・フェルダーはマリブにビーチハウスを借りており、潮風を浴びながらのんびりギターを弾いていた。「7月のある素晴らしい日に、僕はドアが開け放たれたリビングにいた」と彼は2013年、ギター・ワールド誌に語っている。「水着姿で濡れたままカウチに座りながら、『この世界はなんて素晴らしいんだ』と考えていた。そこから12弦のアコースティック・ギターを取り出し、チリリンと弾き始めてみたら、『ホテル・カリフォルニア』のコードが自然に降りてきたんだよ」
1976年の春、イーグルスが5枚目のアルバムの制作に取りかかるため再集結したとき、 バンドメンバーと曲のアイデアを探るべく、 フェルダーは自分が手掛けたインストのデモ・カセットを用意してきた。本人は初めのうち遠慮していたにも関わらず、たくさんの候補から採用されたのは、このレゲエ調の曲だった。
グレン・フライも同様に感銘を受けていた。「僕らは『エレクトリック・メキシカン・レゲエ』とか呼んでいた。わあ、なんて素晴らしいスタイルの融合なんだってね」と彼は1992年、ラジオのインタビュー番組「In The Studio With Redbeard」で語っている。その後、歌詞が決まる前の初期セッションでは、「メキシカン・レゲエ」がこの曲のワーキングタイトルとなっていた。
2. 隣で録音していたブラック・サバスの騒音が、イーグルスのセッションにまで漏れていた
新しいセッションの監督役を、イーグルスは前作『呪われた夜』にも携わったベテラン・プロデューサー、ビル・シムジクに依頼した。シムジクは復帰を喜びながら、ひとつ条件を提示してきた。それまでイーグルスが制作拠点としてきたLAのレコード・プラント・スタジオから遠く離れた、マイアミの伝説的なクライテリア・スタジオで録音したいというのだ。「あの地震が発生した日が、プロデューサーとしての独立記念日なんだ」とシムジクは後年、Sound on Soundにジョークまじりに語っている。彼が マイアミでレコーディングしたいと主張したのは、地震多発地帯を避けるためだった。最終的には妥協点に達し、双方が好むスタジオにそれぞれ時間を割くことになった。 「彼らはクライテリアに来るたび、LAを脱出してパーティや取り巻きから離れられるのが嬉しかったみたいだ」とシムジクは語っている。
サバスの方が音量は大きかったかもしれないが、パーティとなればイーグルスも負けていない。彼らが引き払ったばかりのスタジオに足を踏み入れたときのことを、 ブラック・サバス のベーシスト、ギーザー・バトラーはこう回想している。「レコーディングを始める前に、ミキシング・ボードからコカインを全部そぎ落とさなければならなかった。1パウンドくらいのコカインをボードに残していったんじゃないかな」
Translated by Rolling Stone Japan
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