ベルリンの壁崩壊30周年記念特集【前編】 分断された2つのドイツの物語
壁の建設は、西側諸国にとっては全くの不意打ちだった。しかし、米英仏はすぐには対抗措置を取らなかったため、壁の中に取り残された西ベルリン市民たちは見捨てられたと感じていた。当時の西ベルリン市長のヴィリー・ブラントはワシントンに書簡を送り、「何もせずにただ受け身になっているだけでは、西側諸国に対する信頼を危機に陥れることにもなりかねない」と訴えた。当時の米大統領、ジョン・F・ケネディはこれに応え、西ベルリンの米軍守備隊を強化。また、英仏の各軍も派遣部隊を増強し、戦車を動員した。1963年6月、ケネディはベルリンを訪れ、「私はベルリンの一市民である(Ich bin ein Berliner)」というセリフで有名な演説を行い、西ベルリン市民からの信頼回復を試みた。
監視体制の強化 命がけの逃亡 日常化する壁の風景 ベルリンの壁 4度の変貌 1 1961年8月13日 (壁が建設された日) コンクリートの支柱に有刺鉄線を張り巡らせた、フェンスのような形態 2 1961年8月15日 (壁建設から2日後) コンクリートやレンガのブロックを積み上げた上に有刺鉄線を張りめぐらせたより頑丈なつくり 3 1965年ごろ 鋼を骨組みに使用したコンクリート製の壁 4 1975年~1985年ごろ 高さ3.6メートル、横幅1.2メートルの鉄筋コンクリート造り- 私の街のレポーター:市立博物館の特別展「東ベルリン」(19 Juli 2019)
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