Без кейворда
「おとうさん おとうさんっ! トイレ トイレ」
いつだったか夜遅く娘が飛んできた。 前世は虫でも食って生きていたか そのたたりか 大の虫嫌いの娘 どうせまたトイレの壁に ちっちゃなムカデの子でもいたかと思って行ってみると トイレの電気が急に点かなくなったとのこと は? そりゃあお前 球が切れただけのことでしょ あきれて物置から予備を取ってきて交換する 今どきの子は電球の球が切れることも知らんか
そう言いながら 僕は少し子供の頃のことを思い出した 田舎の家にいたころ 下の豆腐屋で何かの祝い事があり 父と母は夜 出かけて行った 留守番をしていたところ 急に部屋の電気が消えた 電球のひもをいくら引っ張っても点かない 周りの家の人たちも寄り合いに行っていた 家の中が真っ暗になり 弟と妹が不安そうに寄ってきた 弟と妹がいなければ 泣きたいくらいだった
心細くて僕は二人の手を引いて 夜道を豆腐屋まで下りて行った 豆腐屋の裏の縁側から 少し障子を開けて内をのぞくと 大勢の大人たちが酒を飲んでいて 唄ったり踊ったりしていた 何の祝い事だったか知らないけれど その奥で母が畳に座り 三味線を弾いていた 母の三味線に合わせて みんな楽しそうに踊っていた どんちゃん騒ぎであった
その母を呼んでいいものかどうか 子供心に躊躇していた所までは覚えているが そのあとは記憶にない ただ 初めて見た母の三味線を弾く姿がかっこよかったのを覚えている まだ家にテレビのなかった時代 明かりの消えた心細さと 母の三味線と 頭にタオルを巻いて踊るおじさんと それらがいっぺんに脳裏に浮かんできた
その三味線は今でも実家にあるけれど もう使い物にならないくらい古い 老いた自分以上に年老いた親 それでも 生きている限り息子や娘にとって いつまでも この上ない心の明かりとなっている
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう 最終更新日 2018.04.11 06:00:21 [おもひでぽろぽろ] カテゴリの最新記事- アポロ11号 2019.07.22
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