. 12月2日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して(武威(ぶい)について) その1 | しょうちゃんのブログ 折々の記 - 楽天ブログ
12月2日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して(武威(ぶい)について) その1 | しょうちゃんのブログ 折々の記 - 楽天ブログ
12月2日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して(武威(ぶい)について) その1 | しょうちゃんのブログ 折々の記 - 楽天ブログ

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21年12月2日、カルチャースクール「シルクロードのロマンと仏陀の道」を受講して( 武威 ( ぶい ) ・ 天 ( あま ) 翔 ( か ) ける「 馬踏 ( ばとう ) 龍 ( りゅう ) 雀 ( じゃく ) 」と 鳩摩 ( くま ) 羅什 ( らじゅう ) ゆかりの地について) その1

12月2日、朝日新聞社主催のカルチャースクールの今期講座(21年10月~12月)の第5回を受講しました。今回のテーマは、 河西 ( かせい ) 回廊 ( かいろう ) の東端に位置する軍事拠点・ 武威 ( ぶい ) 、この地に18年間滞在した中国訳経の祖・ 鳩摩 ( くま ) 羅什 ( らじゅう ) 、武威・ 文 ( ぶん ) 廟 ( びょう ) にある幻の 西夏 ( せいか ) 文字が記された 西夏 ( せいか ) 碑、武威・ 雷 ( らい ) 台漢 ( だいかん ) 墓 ( ぼ ) から出土した 馬踏 ( ばとう ) 龍 ( りゅう ) 雀 ( じゃく ) についてでした。講師の児島健次郎先生の自署「悠久なるシルクロードから平城宮へ」(雄山閣)を教材にして、同書の142頁から149頁を読み、そして関連する映像を観ての学習です。

(上の画像の説明・教材の「悠久なるシルクロードから平城宮へ」です。編者児島健次郎、悠久なるシルクロードから平城宮へ、雄山閣2008年発行、表紙をスキャンしました。)

◎武威 河西回廊の玄関口に当たるのが武威です。前漢の武帝は 霍去病 ( かくきょへい ) らを派遣して、当時、回廊を支配していた匈奴を討ちこの一帯を手に入れて、河西四郡(武威、張掖、酒泉、敦煌)を置きました。

武威はその一つで、武帝の威がこの地に及んだことを示すためにこの名がつけられたと云います。

その後、後漢が滅亡し五胡十六国の時代に入ると、この武威を都とする前涼、後涼、南涼、北涼といった地方政権の都にもなりました。そのため涼州とも呼ばれたこともあります。

(上の画像の説明・武威の位置図です。週刊朝日百科 週刊シルクロード紀行No.38 河西回廊 武威 張掖 酒泉、朝日新聞社2006年7月9日発行、表紙裏の図をスキャンしました。)

◎鳩摩羅什 武威は13の仏教寺院が建ち並ぶほど仏教が栄えたところで、中国仏教に大きく貢献した一人の僧・鳩摩羅什(344-413)との縁が深いところです。

時は前秦の王・ 符 ( ふ ) 堅 ( けん ) が長安を支配していた頃、仏教保護にも力を注いでいた符堅は、西域・ 亀慈 ( きじ ) 国(現在のクチャ)にいる僧・鳩摩羅什の名声を知りました。鳩摩羅什は、インドの宰相の血統をひきながら出家して亀慈国に移った父親と、亀慈国の国王の妹である母親の間に生まれました。幼少から語学の才能に恵まれ、7歳で出家して西域の諸国行脚をしたのち、鳩摩羅什は中国での仏教の布教を目標に掲げるようになりました。

丁度その折、将軍の 呂光 ( りょこう ) に亀慈国の制圧を命じた符堅は、鳩摩羅什を長安に連れ帰るよう指示を出しました。

呂光は亀慈国を落とし、翌385年春、鳩摩羅什を伴って長安への帰途につきましたが、その時、長安では反乱が起き、前秦が滅びてしまいました。帰るべき場所を失った呂光は、やむなく涼州(武威)にとどまり、自ら後涼国を興しました。鳩摩羅什もここにとどめ置かれることになったのです。その鳩摩羅什が仏典を講じたという場所にあるのが、武威の羅什寺搭です。

以来、17年、長安に 後 ( こう ) 秦 ( しん ) 国が興り、後涼国を制圧するまで、鳩摩羅什は心ならずも武威での生活を余儀なくされたのです。

時の後秦の王・ 姚 ( よう ) 興に「国師」の尊称を与えられ、晴れて長安入りを果たしたのは、401年、鳩摩羅什57歳のときでした。

鳩摩羅什は長安到着直後から、翻訳に取りかかり、以来、413年に69歳で亡くなるまで、法華経、般若経、阿弥陀経など1300巻をこえる仏典を漢訳しました。

鳩摩羅什は、訳経僧として中国仏教に大きな足跡を残し、中国訳経の祖と呼ばれています。「極楽往生」という死生観を庶民に植えつけ、そして中国の人々になかなか理解できなかった仏教のエッセンスを「 色即是空 ( しきそくぜくう ) ・ 空即是色 ( くうそくぜしき ) 」の8文字にまとめた言葉は有名です。

講師の児島先生は、『「色」とは形あるもの、「空」とは物に実態がなく必ずうつろっていくこと。これは、苦しみや迷いにとらわれるな、すべてのものはうつろうという、心の自由の宣言である。』と言われました。大変勉強になりました。

仏教が日本に伝来したのは、鳩摩羅什が亡くなって120年以上経ってからですが、その教えは、日本人の精神風土の底流に今もなおしっかりと息づいているのです。

戦乱の渦に巻き込まれ、母国の滅亡、その時強いられたこととはいえ脅迫に屈し、不飲酒、不淫欲の戒を破り「破戒僧」に堕ちました。そして武威での苦悩の17年間を経て、長安では、「国師」の尊称を与えられ、めざましい活躍をしました。

誠に、数奇な人生をたどった鳩摩羅什の生涯について、講師の児島先生は、別の機会にまた取り上げると言われました。是非、お聞きしたいと思っています。

(上の画像の説明・キジル石窟前に立てられた鳩摩羅什の銅像です。NHKスペシャル新シルクロードNo.3 天山南路 敦煌、日本放送出版協会2005年発行、73頁の写真をスキャンしました。)

(上の画像の説明・武威の羅什寺搭です。小学館ウイークリーブック 週刊中国悠々紀行No.39 河西回廊と青海湖、小学館2005年7月7日発行、16頁の写真をスキャンしました。)

1回のブログの書き込み字数の関係で、西夏碑及び馬踏龍雀の部分は今回のブログには、書き込みができませんでしたので、その2とした次回ブログに書き込みします。

お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう Last updated 2009.12.12 20:10:40 コメント(0) | コメントを書く [シルクロード] カテゴリの最新記事
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