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古代ローマの戦車競走 ―興奮と熱狂に包まれた、昔のF1レース―

ディオクレスは、24年間で4,257回にわたって戦車御者として出走した。全勝利数1,426回。そのうち 開演競走 で110勝。 各組一両競走 で1,064勝。 重賞競走 92勝。そのうち、 6頭立て競走 での3勝をふくみ 300万円賞金レース で32勝、 6頭立て競走 での2勝をふくみ 400万円レース で28勝、 7頭立て競走 での1勝をふくみ 500万円賞金レース で29勝、 600万円賞金レース で3勝。 各組2両競走 で347勝、それには 3頭立て競走1,500万円賞金レース の4勝もふくまれる。 各組3両競走 では51勝。優勝および入着すること2,900回。2着861回、3着576回、受賞4着1回。着外1,351回。青組との同着10回、白組との同着1回、そのうち2回は 300万円賞金レース 。総収得賞金総額35億8,631万2,000円。それに加えて、 2頭立て競走の10万円賞金レース で3勝し、白組との同着1回、緑組との同着2回。先行して815勝、後方待機で67勝、 ハンデ・キャップ競走 で36勝、 多種条件競走 で42勝、 奪取戦 で502勝、このうち緑組に216勝、青組に205勝、白組に81勝。彼によって、9頭が100勝馬になり、1頭は200勝馬になった。

馬の世界史 4章 ポセイドンの変身 様々なレース

引用文の中にある太字のところ(私がオリジナルで強調した部分)が、様々な戦車競走のレースの存在を物語っていることを示したかったのだ。

開演競走とは、レースの種類というより、オープニングレースのことだ。1日のレース数が最大24レースあり、その開幕を飾れるのは名誉なことだったのかもしれない。

1チームから何台の戦車を出走させるかで、レースの種類が分かれていた。1両なら競走トラックには4台の戦車が、2両なら8台の戦車、そして3両が最大で12台の戦車が出走したのである。もちろん戦車の台数が多いほど盛り上がった。

重賞とは、年に何回か行われる大きなレースのこと。つまり古代ローマでも、現代日本のダービーや有馬記念などにあたる、重要なレースがあったということである。

「何頭立て」とは、戦車を引く馬の頭数のこと。通常は4頭だが、2頭や3頭もあった。また、6頭や7頭で引かせるレースは、練習用の小さいレース場で行っていたようだ。

○万円(セステルティウス)レース

ディオクレスの碑文からは、獲得賞金額によってレースが別れていることも示している。もちろん獲得額が多いほど、大きく人気の高いレースだったことだろう。

ハンデ・キャップ競走・多種条件競走

また碑文からは、なんらかのハンディ(重さや頭数制限?)をつけて行ったレースがあったことも分かる。さらに多種条件競走とは、おそらく日本で言うところのダート(トラックに土を敷いて行うレース)や、障害物競走なども行われていたのだろう。

こちらはレースの種類というより、チームの1着を奪い取るレースだったのではないか。つまり、自チームが青で前回2着、緑チームが1着だとすれば、青チームで1着を奪う(ことを目的とした)レースと推測できる。

戦車競走の実際のレースについて

レース前
  • 先頭:レースの主催者。キルクス・マクシムスに入場するときは、馬に引かせた戦車に乗って登場した
  • 2番手:有力者の家の青年。馬に乗るものや徒歩のものもいる
  • 3番手:レースに参加する、戦車に乗った馭者たち。若年者カテゴリーに出場するもの、さらに騎乗レース(競馬)に出場するものもいる。また、レースの合間に出演するダンサーや楽師、曲芸師もパレードに参加していた
レースのルールと実際のレースの様子

各車両はスタートゲートからある一定の距離まではコースが決まっており、そのコースを外れることはできなかった。しかしセパレートコースが終了すると、コース取りは自由になる。そのため馭者は、有利な位置を確保するため激しく争った。

オリンピックでの戦車競走でも述べたとおり、走行距離はトラック7周。中央分離帯にある卵やイルカのオブジェクトを回転(あるいは落下)させることで、周回数が誰の目にも分かる仕組みになっていた。

走行中のルールとして、馭者が持つムチで他の馭者を攻撃するのは禁止されていた。しかし馬はそのルールが適用されない。他チームの馬の目をムチで打ち付けるものもいたのだ。

レリーフに描かれた激励者(ホルタートル)Georges Jansoone (JoJan) / CC BY-SA レース終了後

優勝した馭者は、「栄誉の一周」というビクトリーランを行うことができた。これはゴール後に走路を一周して、観客から拍手喝采を浴びる最高の瞬間だった。

  • 戦車競走の競技は古代ギリシアで始まり、ローマにはエトルリアを通じて伝わった
  • ローマ市にはいくつもの競走場があったが、最大の競技場キルクス・マクシムスは15万人(最大50万という説あり)収容できた
  • 競走馬は優秀な馬の産地で、各チームの所有する施設により飼育・育成されていた
  • 戦車はなるべく軽く丈夫に作られており、馭者は革製の防具でレースの危険から身を守った。またナイフを装備し、事故が起きたら手綱を切れるように準備していた
  • 戦車の馭者は身分の低いものが多かったが、レースでは莫大な報奨金を獲得できた
  • 戦車競走のチームは主に4つあり、皇帝ですら贔屓チームがあった
  • 戦車競走での賭け事は日常茶飯事であり、勝つために呪詛版を用いることもあった
  • 古代ローマの戦車競走には、現代の競馬と同じくさまざまな種類のレースがあった
  • 実際のレースにはほとんどルールがなく、1着になったもののみ栄誉を手にすることができた
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