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なんJ wiki まとめ 用語 意味 説明 歴史 元ネタ 野球 5ch

Last-modified: 2025-10-05 (日) 17:42:23 これらのキーワードがハイライトされています:

意味としてはお山(猿山)の大将やガキ大将を合わせたようなもの。 ここでは、横浜ベイスターズに存在していたといわれる、素行不良によりチームの士気を低迷させていたというあるベテラン選手について説明する。 また、以下の記述は推測の域を出ないので注意が必要。

概要

2015年7月18日、駒田徳広*1がサンスポのインタビュー 内で発した、2009年の横浜ベイスターズの主力選手に「ボスがいた」とのコメントが発祥。 この記事が話題になったのは村田修一が巨人から戦力外通告を受けた2017年オフ以降。

「ボス」の正体
  • ミーティングで若手と最前列でふざけていた
  • 足の肉離れが完治してないのに、FA権の取得日数を稼ぐために一軍に居座っていた
  • ある試合で5回で退いた後、監督室に入ってテレビを見ていた(後にコーチの波留敏夫が激怒した)
  1. 駒田が横浜でコーチを務めた2009年シーズンに所属していた人物
  2. FA権の取得日数稼ぎで得をする人物*2
  3. 当時、肉離れに悩まされていた人物*3
  4. ベイスターズで派閥作りの前歴がある人物
  5. 約5年前(2010年)の日刊ゲンダイに掲載された記事 (こちらは実名が出ている)と辻褄が合う なソゲ
素行問題の再燃 戦力外から引退まで

2017年オフに「チームの若返りを図るため」という理由*5で戦力外通告を受け、自由契約となる。当時36歳ながら118試合、打率.262、14本塁打、58打点、OPS.754とまずまずの打撃力を見せ、名球会入りとなる通算2000安打まで残り135本という状況であった。 そして3年前の2014年オフに新井貴浩が絶望的とも言われてた古巣・広島に復帰して、2000安打達成やチームの25年ぶりリーグ優勝に貢献しMVPに輝くという、まるでドラマのような活躍をしたことや、後半戦はレギュラーとして一定の成績を残していたことから、打撃難のチームからのオファーか古巣復帰は確実と思わていた。 しかし、一ヶ月以上経っても進展は無く、有力候補とされた中日*6やヤクルト*7、ロッテ*8さえ獲得に名乗りを上げなかった。 そして頼みになるはずの古巣も、高田繁GMから「チーム編成は数年後を見据えてやるもの」*9などと、交渉の時の事を完全に根に持たれており、門前払いを受ける形となった。

獲得球団が現れなかった仮説

本人のプロとしての意識の低さが原因で干されたのでは?という疑惑が浮上する中、上述のサンスポ記事が見直され「ボス」の野球に対する姿勢が改めて浮き彫りとなり、オファーが無い一因と推測された。 中日及びヤクルトが獲得の意思を見せなかった一因として、当時横浜でコーチを務めていた波留敏夫、杉村繁がそれぞれ両チームに在籍していたことが挙げられ、ボスの行動を間近で目撃していたり伝え聞いた者*11により、チームに与える悪影響の情報が出回っていた可能性が高いと言われている。 そもそも村田の年齢や実績があれば、困った時に助けてくれる先輩が居ないというのはまずあり得ない*12事である。 また2009年当時の村田は29歳とまだ中堅レベルであり、別のベテラン選手ではないかという可能性や誰か特定されるのを防ぐためにフェイクが入っているのではないかという説がある*13。ただし当時の村田は前年および前々年の2年連続でホームラン王となっており、チーム内で権力を持っていた可能性は否定できない。

他者の「ボス」に対する評価

  • 2010~11年に横浜の監督を務めた尾花高夫は退任直後、「結局は村田のチーム。村田が変わることによって、チームが変わった」「巨人へのFA移籍を機に『村田離れ』をして、選手たちも少し大人になっていかないと」と苦言を呈していた(記事リンク )。

関連項目

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*1 2008年オフに横浜の一軍打撃コーチに就任。しかし2009年シーズンでチーム順位・チーム打率が最下位という例年通りの低迷の責任を取る形で、一年で退団した。 *2 FA権の取得日数に関しては村田の他に内川聖一や金城龍彦もいたが、2009年の両者は怪我に悩まされることもなくフルシーズン出場しており、現在では可能性すら挙がる事はない。ただし、結局村田は同年中のFA権取得に失敗していること、翌年に取得してもすぐには行使しなかった(行使したのはさらに翌年の11年オフ)ことは注意。 *3 同年の村田はWBCで肉離れを起こし開幕に間に合わなかった他、シーズン中にも左太腿を痛めて約1ヶ月離脱している。 *4 あくまで冗談という擁護もある一方、仕事上で言って良い事と悪い事の区別がついていないという批判も見られた。 *5 しかし、2018年3月に村田より年上の上原浩治を獲得しており、本当に若返りが原因で切ったのかを疑問視する人が出てくるようになった。追い打ちをかけたのが、他球団も實松一成や渡辺直人、松井稼頭央などといった衰えたベテランを出戻り含めて獲得する行動に出たという事実である。そのような事情もあって前述した「暇」発言を球団が重く捉えていた説は今でも根強い。 *6 当時の正三塁手は高橋周平だったが、伸び悩みから二塁手へのコンバートが画策されるなど、絶対的な三塁のレギュラーが不在であった。 *7 この時期は三塁手が川端慎吾から村上宗隆(この年のドラフトで高卒・捕手として入団)へ世代交代する端境期にあたる時期だった。この年は前年までのレギュラー三塁手だった川端がヘルニア手術のためシーズン出場がなく、本来はユーティリティプレイヤーである藤井亮太が主な三塁手として出場していた。 *8 チーム全体で極度の打撃不振に陥っていた。しかし一方で地元出身・チーム生え抜き選手の福浦和也も通算2000本安打がかかっており(最終的に翌18年の終盤に達成)、村田の獲得に消極的になるのは読みやすかったともされている。 *9 FA宣言した際、高田が「数年後のために残って欲しい」と慰留しながら巨人に移籍したことを皮肉った発言でもある。 *10 一応補足するとその年の巨人対DeNAの最終25回戦(巨人主催)で引退セレモニーを開催してもらっており、そのオフにはコーチとして巨人に復帰することができている。 *11 当時の在籍者で2017年オフにコーチだった者としては、工藤公康ソフトバンク監督も挙げられる。もっとも、この時のソフトバンクは松田宣浩が正三塁手として定着していて、レギュラーとしての獲得の可能性は低かったためあまり取り上げられる事は無かった。 *12 松坂大輔がソフトバンクを戦力外になった際は、西武での先輩である森繁和及び新人時代の教育係だった友利結の手助けで当時両者が在籍していた中日にテストを経て入団。中村紀洋がオリックスを自由契約になった際は、近鉄時代の恩師である梨田昌孝が同級生で当時中日の監督を務めていた落合博満に頼み込み、「キャンプイン後に育成契約としてねじ込む」という荒業で助けられている。また、似たような経緯で横浜を退団した内川がソフトバンクから自由契約になった際も当時杉村がコーチを務めていたヤクルトに入団することができている。 *13 特に疑われたのは佐伯貴弘。佐伯は横浜から戦力外通告を受けた年はそれまでの歯に衣着せぬ発言が原因で球団フロントの対立は頂点に達していた他、駒田が現役晩年に佐伯にポジションを取られた私怨が入っているのではないかという見方もある。

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