【見仏入門】No.21 奈良西ノ京・薬師寺の仏像・見どころ/薬師三尊像・聖観音像・東塔に仏足石や写経など
薬師寺の伽藍の北側には「玄奘三蔵院」があります。 玄奘三蔵 は孫悟空などに登場する三蔵法師のモデルといわれますが、629年(27歳)に中国から密出国し、3年かけてインドへ旅します。そして、仏像・仏舎利のほかサンスクリット(梵語)の仏経原典657部を携えて、645年に長安の都に戻ってきました。玄奘は帰国後、持ち帰った仏典の翻訳(漢訳)に残りの生涯を賭けますが、全体の1/3ほどに過ぎなかったといわれています。また玄奘三蔵は 法相宗 の始祖に当たります。
1942に 南京 に駐屯していた日本軍が土中から玄奘三蔵の頂骨を発見し、その一部を1944年に全日本仏教会にも分骨されました。この骨を 納骨するために薬師寺「玄奘三蔵院」が建設 されたのです。ここにはシルクロード画家として名高い「 平山郁夫 」画伯が描いた、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」があります。場所は、玄奘塔北側にある大唐西域壁画殿ですが、公開は期間限定ですので寺のHPなどで確認してからお出かけください。
また、玄奘三蔵の弟子で法相宗の始祖「慈恩大師」像があり、国宝に指定されていますが、こちらの像は一般公開されていません。
薬師寺へのアクセス
薬師寺へのアクセスは京都駅または近鉄難波駅から近鉄の快速急行または特急で「大和西大寺」乗り換え、各駅停車天理行きまたは橿原神宮前行きに乗り、 「西ノ京駅」 で下車。
西ノ京駅東側の目の前が薬師寺の裏門です。
しかし、裏門から入らずに、線路の西側に沿って100mほど南に行き、線路を渡りなおして少し東に行ったところにある「南門」が寺の正門ですので、こちらから入ることをお勧めします。
薬師寺の駐車場薬師寺には、境内の道路を挟んで南側に大規模な駐車場が整備されています。周辺に無料駐車場はなく、全て有料です。
薬師寺の歴史
薬師寺は680年に、 天武天皇 が 皇后(後の持統天皇) の病気平癒を祈願して、 飛鳥 の 藤原京 に創建され、698年に 持統天皇 によって本尊開眼が行われました。
そして、710年に都が 平城京 に遷都されたため、薬師寺は718年に現在の地に移建されます。その後、現在も残る東塔(国宝)が730年に建設されました。
奈良時代の最盛期であった「天平時代」には、南都七大寺(東大寺,西大寺,法隆寺,薬師寺,大安寺,元興寺,興福寺)の一つに数えられました。薬師寺は 興福寺とならんで法相宗(ほっそうしゅう)の大本山 です。
万葉集に「青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」(小野 老:おののおゆ)と歌われている通り、昔の文化が花開いた 平城京 の当時を思い出させてくれるでしょう。
さて、この 国宝の東塔は三重塔 なのですが、実際は各層に小屋根(裳階:もこし)を付けているため六重塔に見えます。記事を執筆した2018年現在、東塔は解体修理されており、修理の完成は2020年とのことです。
薬師寺も奈良の修学旅行の見学先の定番で、訪れた方も多いと思います。特に 高田好胤(たかだこういん) が薬師寺の副住職になった1949年以降、好胤は修学旅行生に分かりやすい法話をすることで大変親しまれ、「話の面白いお坊さん」、「究極の語りのエンタテイナー」とも呼ばれました。1998年(平成10年)に病気で亡くなられ(遷化)ますが、最後まで薬師寺の復興に力を注いでいました。
この好胤師が亡くなられた平成10年に、 薬師寺はユネスコ世界遺産 に登録されています。また薬師寺のすぐ北側には唐招提寺がありますので、是非同時に拝観されると良いと思います。
薬師寺の仏像の詳細
薬師三尊像【国宝】(奈良時代 銅造)〈像高:薬師如来254.7cm 日光菩薩317.3cm 月光菩薩315.3cm〉金堂安置度重なる火災によって今現在は黒光りする姿になっていますが元々は金メッキ加工によって金色に輝いて人々を照らしていたと考えられています。蝋型の鋳造方法によって作られていて均整の取れた体肉の弾力感、薄い衣それを透かして見えるやわらかな体の線、どれをとっても写実性が高く、金属で作られていることを感じさせません。日本随一の金銅仏と表されていて美人だともイケメンだとも言われています。和辻哲郎さんは「古寺巡礼」の中で、“ とろけるような美しさだ ”と表現しました。
像の制作年代についてはいくつかの説があり明確ではありませんが、天武天皇が皇后の病気の回復を願って、飛鳥時代に創建、その後平城遷都に伴って現在の場所に移転、そして今日に至ります。そのため薬師三尊像の制作年代は白鳳時代に飛鳥から移してきたと言われる説と天平時代に真鋳したという説に分かれています。
「巍巍(ぎぎ)」とは高い峰のように大きく堂々としている様子であり、「蕩蕩」は大河のように広くゆったりとした様子を表しています。
飛鳥時代初期の仏像に比べて、より人間に近い肉感的な表現がされており、また衣文の模様ははっきりと深く刻まれて下り、中国の 唐 の初期の様式が影響していると思われます。
さらに、下框には、中国の四方四神(東に青龍:せいりゅう、南に朱雀:しゅじゃく、西に白虎:びゃっこ、北に玄武:げんぶ)の彫刻がなされています。これはまさに、シルクロードが奈良まで続いていた証拠だと考えられています。
こちらの記事もおすすめ! 【薬師如来とは】あらゆる病や悩みを治すお医者様!ご利益・真言 https://butsuzolink.com/yakushi-nyorai 聖観音立像【国宝】(奈良時代 銅造)〈像高:188.9cm〉 東院堂安置東院堂の本尊です。飛鳥時代後期(白鳳期)または奈良時代(7 -8世紀)の作で、この像は東院堂が養老年間(721年頃)に 元明太上天皇 の病気平癒のために建立された時より前の制作ではないかと見られています。(現在の東院堂は鎌倉時代に再建された)。
休ヶ岡の神像【国宝】三体<奈良国立博物館寄託>
神功皇后(じんぐうこうごう)像 【国宝】(平安時代 木造彩色)〈像高:35.8cm〉
僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)像 【国宝】(平安時代 木造彩色)〈像高:38.6cm〉
仲津姫命(なかつひめのみこと)像 【国宝】(平安時代 木造彩色)〈像高:36.0cm〉
休ヶ岡八幡宮は、寛平年間(889~898)に薬師寺を守護する鎮守社として、薬師寺別当の 栄紹(えいしょう)大法師 により、大分県宇佐八幡から現在地に勧請(かんじょう)されました。そして八幡宮の祭神である「僧形八幡神・神功皇后・仲津姫命」を祀ったものといわれています。三像とも平安時代前期の寛平年間(889~898)の八幡宮創建の時に作られた物と見られています。
現在、これらの神像は 奈良国立博物館に寄託 されています。奈良国立博物館では「なら仏像館」でほぼ毎年数ヶ月間展示されていますので、拝観するならそちらの情報をウォッチしておく必要があります。
【見仏入門】No.4 奈良国立博物館(なら仏像館)/若王子神社・薬師如来坐像や元興寺… https://butsuzolink.com/narahaku平城京の都「奈良」はなんといっても仏像の日本一の宝庫です。この奈良の中心地にたくさんの宝物を所蔵・保存する施設として建てられたのが今回ご紹介する「奈良国立博物館」です。 正倉院の宝物を中心に、仏像などの工芸品、絵画や書などの美術品などが多く保管されており、これらを一般に公開する場として奈良国立博物館が東大寺や興福寺などの奈良中心エリアに建てられました。 奈良国立博物館のはじまりは明治維新直後に始まった博覧会でした。現在では新館も増設され、毎年公開される「正倉院展」をはじめ、さまざま…
また「休ヶ岡」の名前の由来は九州宇佐八幡から東大寺八幡(手向山神社)に向かう途中にここで休まれたという古事から名づけられたものです。
現在の休ヶ岡八幡宮の社殿は 豊臣秀頼 により1603年に建てられた建物です。
神功皇后(じんぐうこうごう) は、 仲哀天皇 の皇后で 応神天皇 の母とされています。また実在したかどうかは諸説あります。また 仲津姫命(なかつひめのみこと) は応神天皇の皇后で 仁徳天皇 の母といわれています。
神功皇后は左膝を立て、仲津姫命は右膝を浮かせて座っており、両像ともに頭上には髻(もとどり)を結い、豊かな髪を長く垂らしています。また肌の色は両者異なりますが、衣服もほぼ共通しています。
講堂三尊像【重文】(奈良時代 銅造)〈像高:中尊267.5cm 左脇侍288.7cm 右脇侍301.4cm〉この講堂に祀られている三尊像は、阿弥陀三尊像とか薬師如来三尊像と呼ばれていましたが、薬師寺は法相宗の大本山ですので、本尊としては弥勒仏(みろくぶつ)をお祀りするのが本来の在り方ということで、弥勒三尊像といわれています。呼び名も、向かって右は法苑林菩薩(ほうおんりんぼさつ)(左脇侍)で、左は大妙相菩薩(だいみょうそうぼさつ)(右脇侍)です。
こちらの記事もおすすめ! 【仏像の種類:弥勒菩薩・弥勒如来とは】56億7千万年後に降臨する未来の救世主! https://butsuzolink.com/mirokunyorai弥勒菩薩(みろくぼさつ)、と聞いて「ああ、あの仏像版の考える人のこと?」と思った人は結構いい線いってます。数ある仏像の中でも、印象的なポーズを取っているちょっと神秘的な仏さまですよね。でも、じゃあ弥勒菩薩ってなんだろうと思うと次が出てくる人はなかなかいないかもしれません。ならば、この機会にちょっと弥勒菩薩の魅力を見つけに一歩進んでみましょう。 弥勒菩薩とは?弥勒菩薩のはたらき・特徴について 弥勒菩薩の特徴は未来に釈迦の後継者の如来となることを約束されている菩薩です。菩薩ですから、まだ悟…
薬師寺がこの地に移された天平時代には、西院正堂(さいいんしょうどう)の本尊は弥勒浄土相の障子絵でした。またこの大講堂に安置されている三尊像は、近世の早い頃から西院弥勒堂に安置されていた仏像でした。
そして2003年に大講堂が復興された時に、法相宗の薬師寺ということで、もとの西院弥勒堂のご本尊の由緒を継いで本来の正しい名前(弥勒三尊)に戻されたものです。
佛足石【国宝】(奈良時代 753年 石造)〈高さ 69.0cm 奥行 74.5cm 幅 108.0cm〉 佛足跡歌碑【国宝】(奈良時代 石造)〈高さ 194.0cm 幅 48.5cm〉大講堂安置仏足石は、お釈迦様の足跡を刻んだ石です。お釈迦様の死後数百年の間は、仏像ではなく仏さまの足跡を石に彫ったり、菩提樹(ぼだいじゅ)や法輪に祈りを捧げてきました。
この仏足石は753年の制作と刻まれた年代から判っていますが、奈良時代に宮廷に仕えた官人の 黄書本実(きぶみのほんじつ) が唐で写し持ち帰った仏足跡を、天武天皇の第7皇子である 長皇子(ながのみこと) も子とされる 文室真人智努(ぶんやのまひとちぬ) が夫人の追善のために写させたものです。
その他薬師寺には以下の重要文化財に指定されている仏像(木造)があります。
文殊菩薩坐像(奈良時代、乾漆盛上 漆箔 像高 62.5cm) 弥勒菩薩坐像(鎌倉時代、漆箔 像高 87.5cm) その他の薬師寺伝来の仏像地蔵菩薩立像(平安時代、彩色 像高 95.7cm)
地蔵菩薩立像(鎌倉時代 1240年、彩色 像高 97.3cm)
地蔵菩薩立像(室町時代 1564年、像高 153.5cm)
四天王立像(三軀)(平安時代、彩色 漆箔 像高 110.0、113.3、91.0cm)
吉祥天立像(平安時代、古色 像高 60.3cm)
十一面観音菩薩立像(奈良時代、古色 像高 191.5cm)
十一面観音菩薩立像(平安時代、彩色 像高 165.5cm)
十一面観音菩薩立像(平安時代、彩色 像高 180.3cm)
薬師寺をもっと知りたい薬師寺の御朱印
薬師寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称
宗派
住所
電話
拝観時間・料金
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