【見仏入門】No.6 奈良・東大寺の仏像Part.2/二月堂、三月堂(法華堂)、四月堂、東大寺ミュージアムの仏像
奈良県の象徴で、仏像といえばと聞かれて日本人の多くが想像するのはこの「奈良の大仏」という人も多いのではないでしょうか? 奈良の大仏があるお寺は「東大寺(とうだいじ)」といいます。 東大寺は聖武天皇が建立を命じた仏教寺院(官寺:お上<官庁>が運営するお寺でした。その大きさは当時としては類を見ない大規模なものです。 そのため東大寺はそのエリアが広く、見どころもいっぱいなので2回に分けて記載します。※東大寺Part2の記事はこちらをご参照ください この記事もかなりのボリュームがありますの…
しかし鎌倉時代の 重源(ちょうげん) というエラいお坊さま、江戸時代の 公慶(こうけい) というエラいお坊さまによる復興とで現在まで昔の姿がいまに再現されてきました。つまりお寺はリフォームされている状態なのですが、今回ご紹介する若草山の麓側に立つ二月堂、三月堂、四月堂などと呼ばれる建物は幸いにも戦火にはあわず、昔の姿を現在も残してきているんです。
この月がつく名前はそれぞれのお堂で行われる行事の開催月(旧暦)によるもので、二月堂(仏堂)は旧暦2月に有名な「 お水取り 」(修二会、修二月会)があり、また三月堂(法華堂)は旧暦3月に法華会(ほっけえ)がおこなわれます。また寺の案内などにはあまり載っていない四月堂(三昧堂:ざんまいどう)は旧暦4月に「法華三昧会(ほっけさんまいえ)」が行われています。
このためこれから長い間これらの仏像たちをよりよい環境で保管し、人々にも公開しようと 東大寺ミュージアム が2011年10月にオープンしました。東大寺ミュージアムは東大寺の入り口にあたる、南大門のそばにあります。
- 二月堂・三月堂・四月堂へのアクセス
- 四月堂
- 東大寺二月堂、三月堂、東大寺ミュージアムの歴史
- 三月堂の歴史
- 二月堂の歴史
- 東大寺ミュージアムの歴史
- 三月堂(法華堂)の仏像
- 不空羂索観音立像【国宝】(747年頃天平時代) 像高362cm
- 梵天・帝釈天立像【国宝】(奈良時代)
- 乾漆四天王立像(持国天・増長天・広目天・多聞天) 【国宝】(奈良時代)
- 三月堂・金剛力士立像【国宝】(奈良時代)
- 秘仏・執金剛神立像(しつこんごうしんりつぞう)【国宝】
- 二月堂(法華堂)の絶対秘仏・十一面観音について
- 四月堂(三昧堂)の仏像
- 四月堂・木造十一面観音立像【重文】(平安時代)
- 四月堂・木造阿弥陀如来坐像【重文】(平安時代)
- 東大寺ミュージアムの仏像について
- 東大寺ミュージアム(旧三月堂)塑造伝日光・月光菩薩立像【国宝】(奈良時代)
- [重]塑造吉祥天・弁才天立像(奈良時代)/東大寺ミュージアム
- 【国宝】木造弥勒仏坐像(平安時代)/東大寺ミュージアム
- 【国宝】銅造誕生釈迦仏立像及び灌仏盤(奈良時代)/東大寺ミュージアム
- [重]旧四月堂・木造千手観音菩薩立像(平安時代前期)/東大寺ミュージアム
- [重]銅造弥勒菩薩半跏像(奈良時代) /東大寺ミュージアム
- [重]木造阿弥陀如来坐像(平安時代)/東大寺ミュージアム
- [重]木造十二神将立像(平安時代)/東大寺ミュージアム
- [重]木造地蔵菩薩立像(鎌倉時代)
- [重]木造聖観音立像(鎌倉時代): 重要文化財 鎌倉時代
- [重]木造持国天立像、木造多聞天立像(平安時代)
- [重]木造青面金剛立像(平安時代) 像高169.4cm
- [重]木造釈迦如来坐像(鎌倉時代) 像高29.0cm
- 木造俊乗上人坐像(重源上人坐像) 国宝 鎌倉時代 像高82.5cm
- 木造良弁上人坐像 国宝 平安時代 像高92.4cm
- 木造僧形八幡神坐像 国宝 鎌倉時代の仏師・快慶の作。像高87.1cm
- 五劫思惟阿弥陀如来坐像【重文】(室町時代)像高106cm
- 東大寺周辺にはなぜたくさんの鹿がいるのか
- 最後に
- 東大寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
二月堂・三月堂・四月堂へのアクセス
この二月堂の建物の手前には1本の杉の木があり、「良弁杉(ろうべんすぎ)」と呼ばれています。歌舞伎の演目で「二月堂良弁杉由来」というのがあり、これがその杉です。でも見ると、それほど古い木ではありません。それもそのはずで、昔の杉は1961年に台風で倒れてしまい、現在の杉は2代目なのです。
「母親が野良仕事の最中目を離したすきに、小さな子供だった良弁は鷲(わし)にさらわれてしまいました。 そして、奈良の二月堂前の杉の木に引っかかっているのを義淵(ぎえん)という僧侶に助けられ、良弁はこの義淵に僧として育てられました。そして立派な僧侶となりますが、自分の親がどこにいるのかさえ分からずにいて知りたい・会いたいという思いが募り、春日大社に毎日お詣りしていました。
そんな中ある日、杉の木に、昔鷲にさらわれた子供を探しているという紙が貼ってありました。もしかしたら母親かもしれないとおつきの人に探させ、ついに母親と再会します。母は貴族の奥様だったのですが、子供をさがして旅をして、身をやつし乞食のようになっていたのです。
30年という月日が経っていましたが母と子が再会できた」
さて、この杉の近くに「開山堂」と「三昧堂(ざんまいどう:四月堂ともいう)」があります。開山堂は良弁堂とも呼ばれ、東大寺開山の良弁(ろうべん)をまつるお堂です。
通常は一般公開されていませんので建物の中に入ることはできませんが、 良弁忌の12月16日のみ公開 されます。
四月堂東大寺二月堂、三月堂、東大寺ミュージアムの歴史
三月堂の歴史 二月堂の歴史 東大寺ミュージアムの歴史仏像の詳細
三月堂(法華堂)の仏像
不空羂索観音立像【国宝】(747年頃天平時代) 像高362cm脱活乾漆像 (だっかつかんしつぞう:内側を空白にし、中心となる部分には木の芯を入れ、これを土台として、その周囲を漆(うるし)などの素材で固めて乾かして造った像)で造られています。
この像の注目すべきポイントは「宝冠」にあるのです。
この頭に乗っている宝冠は 銀製 で、高さ88cmもあります。2万数千個のコハクやヒスイなどの宝石で飾られ、繊細な模様も彫られている大変なお宝です。
この宝冠は、ツタンカーメン(エジプト)またはクレオパトラ像の宝冠、ルイ14世(フランス)の宝冠とともに「世界三大宝冠」の1つともいわれています。
梵天・帝釈天立像【国宝】(奈良時代)梵天像:像高402.0cm 乾漆造 奈良時代の作
乾漆四天王立像(持国天・増長天・広目天・多聞天) 【国宝】(奈良時代)四天王立像 持国天は脱乾漆作りの像高308 cm 奈良時代8世紀頃の作と考えられています。持国天のみ口を開いて多聞天と同じく手甲をつけています。前方の持国天と増長天は右足を上げて腰をひねる動きのあるポーズを取っていますが後方の広目天と多聞天は正面に直立する動きのない姿勢で前衛と後衛で変化をつけています。
増長天は脱乾漆作りの像高300 cm 奈良時代8世紀中頃の策と考えられていますこの増長天のみ左右の吹き返しのついた兜をかぶっているのが特徴で、この増長天と対角に位置する多聞天は細に目つきで、凝らすよう鋭い目つきをしているのが特徴的です。
三月堂・金剛力士立像【国宝】(奈良時代) 秘仏・執金剛神立像(しつこんごうしんりつぞう)【国宝】堂内の本尊(不空羂索観音像)の背後の厨子内に北向きに立っていますが、通常時は非公開です。毎年、良弁忌の 12月16日にのみ 開扉されます。
二月堂(法華堂)の絶対秘仏・十一面観音について
1体は内陣中央に安置され、「大観音」(おおがんのん)と呼ばれ、もう1体「小観音」(こがんのん)と呼ばれ、厨子に納められ、通常は大観音の手前に安置されています(ただし、修二会(しゅにえ)の前半7日間は大観音の後方へ移動されます)。この2体の十一面観音像はともに 絶対秘仏 で、修二会(お水取り)の法要を務める練行衆(修二会を執り行う11人の僧侶)でさえその姿を見ることは許されません。
32 Pockets 《秘仏公開2025年版》秘仏とは?なぜ秘仏?ご開帳カレンダー https://butsuzolink.com/hibutsu四月堂(三昧堂)の仏像
四月堂・木造十一面観音立像【重文】(平安時代) 四月堂・木造阿弥陀如来坐像【重文】(平安時代)東大寺ミュージアムの仏像について
東大寺ミュージアム(旧三月堂)塑造伝日光・月光菩薩立像【国宝】(奈良時代) (伝日光菩薩立像) (伝月光菩薩立像)もと法華堂(三月堂)の本尊不空羂索観音像の脇に安置されていました。向かって右が日光菩薩、左を月光(がっこう)菩薩と呼んでいますが、これは本来の名称ではありません。しかし本来の名称についても「梵天・帝釈天」とか、「縁覚」(えんがく:仏の教えによらず、自ら悟りを開いた者)の像などといくつかの説がありはっきりしていません。材質は塑造で、もとは彩色されていましたが、当初の色彩はそでの内側などに一部残るのみで大部分は剥落(はくらく)しています。
[重]塑造吉祥天・弁才天立像(奈良時代)/東大寺ミュージアム 【国宝】木造弥勒仏坐像(平安時代)/東大寺ミュージアム 【国宝】銅造誕生釈迦仏立像及び灌仏盤(奈良時代)/東大寺ミュージアム像高47.5cm 灌仏盤(かんぶつばん:お釈迦様は生まれてすぐ四方に7歩ずつ歩んだとされ、その歩いた範囲)径88.7 – 89.2cm
[重]旧四月堂・木造千手観音菩薩立像(平安時代前期)/東大寺ミュージアム [重]銅造弥勒菩薩半跏像(奈良時代) /東大寺ミュージアム [重]木造阿弥陀如来坐像(平安時代)/東大寺ミュージアム [重]木造十二神将立像(平安時代)/東大寺ミュージアム像高95.0 – 110.6cm ヒノキ材の寄木造です。東大寺南大門東方にある本坊(旧東南院)の天皇殿に安置されていたものです。
[重]木造地蔵菩薩立像(鎌倉時代)像高89.8cm、勧進所公慶堂に安置されていた像で、東大寺に伝わる 快慶 作の仏像の一つです。いわゆる僧形地蔵の典型的な姿をしています。目は彫眼で表面は彩色と切金文様、胸飾や腕釧(わんせん)などは銅製鍍金の服装です。 快慶 作とされる仏像は数多く残されていますが、法橋時代(1203~1208年)に製作された数少ない仏像の一つです。
[重]木造聖観音立像(鎌倉時代): 重要文化財 鎌倉時代 [重]木造持国天立像、木造多聞天立像(平安時代) [重]木造青面金剛立像(平安時代) 像高169.4cm [重]木造釈迦如来坐像(鎌倉時代) 像高29.0cm 木造俊乗上人坐像(重源上人坐像) 国宝 鎌倉時代 像高82.5cm 木造良弁上人坐像 国宝 平安時代 像高92.4cm 木造僧形八幡神坐像 国宝 鎌倉時代の仏師・快慶の作。像高87.1cm 五劫思惟阿弥陀如来坐像【重文】(室町時代)像高106cm東大寺周辺にはなぜたくさんの鹿がいるのか
最後に
【見仏入門】No.5 奈良・東大寺の仏像Part.1/奈良の大仏と戒壇堂の四天王像、南大… https://butsuzolink.com/todaiji1奈良県の象徴で、仏像といえばと聞かれて日本人の多くが想像するのはこの「奈良の大仏」という人も多いのではないでしょうか? 奈良の大仏があるお寺は「東大寺(とうだいじ)」といいます。 東大寺は聖武天皇が建立を命じた仏教寺院(官寺:お上<官庁>が運営するお寺でした。その大きさは当時としては類を見ない大規模なものです。 そのため東大寺はそのエリアが広く、見どころもいっぱいなので2回に分けて記載します。※東大寺Part2の記事はこちらをご参照ください この記事もかなりのボリュームがありますの…
東大寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称
宗派
住所
〒630-8587 奈良県奈良市雑司町406-1 (東大寺寺務所)
電話
拝観時間
【4~10月】9:30~17:30 (最終入館17:00) 【11~3月】9:30~17:00 (最終入館16:30)
拝観料金
( 大仏殿・法華堂・戒壇堂・東大寺ミュージアムそれぞれに拝観料がかかります ) 大人(大学生以上)600円 高校生 600円 中学生 600円 小学生 300円
▼セット券(大仏殿・東大寺ミュージアム) 大人(中学生以上)1000円 小学生 400円
東大寺周辺の宿・ホテル ( 楽天スーパーポイントが利用できる 、格安パックツアー、夜行バスやレンタカーなども豊富!) ( ポイント還元率が高い ので、ポイントがどんどん貯まる!)【見仏入門】No.40 愛知・滝山寺の仏像・見どころ/運慶&湛慶作 観音菩薩像、帝釈.
No.50:山形県・立石寺の仏像/薬師如来坐像、日光・月光菩薩像、僧形文殊菩薩坐像、.
【見仏入門】No.11 京都府・東寺(教王護国寺)の仏像/立体曼荼羅、梵天&帝釈天、.
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山梨大善寺の仏像‐秘仏薬師如来の御開帳を訪ねて
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【見仏入門】No.30 兵庫・浄土寺の仏像・見どころ/国宝浄土堂阿弥陀三尊像(快慶作.
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