イヴォン・シュイナードとの出会いからロストアロー創業へ。初めて明かされるロストアロー誕生秘話を代表の坂下直枝さんに聞く(中編)
こうして私はワイオミングから、かつて勤めた会社の上司の住むサンフランシスコ郊外のパルアルトに移動しました。その移動は、クライマーの溜まり場の掲示版で見つけた「同乗者求む」の書き込みで、ボストンから西海岸のスタンダード・オイル・カンパニーに就職する学生クライマーのポンコツ車に、交渉して50ドルで同乗させてもらいました。 マサチューセッツ工科大学を飛び級・3年で卒業した極めて優秀な学生との珍道中でした。さらにグレイハウンドバスでサンノゼからベンチュラまで行き、ほぼ無銭状態でリック・リッジウェイの家へ転がり込んだのでした。そして約1ヶ月半、シュイナード・イクイップメントで働きました。最初はカリフォルニア州の当時の最低賃金、時給2ドル40セント。 1週目はストッパー用のワイヤーのカット、ピッケルやハンマーのヘッドの取付作業などの工場の下働き、2週目に英語が読めることがわかり出荷担当に昇格。時給4ドル。 3週目にイヴォンがワイオミングから戻り、カタログの日本語翻訳を頼まれ時給10ドルに。 それから1カ月、貯金も少しできたので、ヨセミテへの準備を始めた頃、突然東京から電話がありました。「K2遠征隊(※3)の隊員選考リストに入った。すぐ日本に帰国できるなら偵察隊隊員として決定するが、どうしますか?」というものでした。ヨセミテ行きを中止し、3日後に帰国。その4日後には偵察隊の一員として北京へ出発しました。 結局リックにも部屋代は全く払っておらず、いつか恩義を返す必要があります。
そこではK2のことなど土産話に花を咲かせていたのですが、そんななか、彼から「日本でシュイナード・イクイップメントの代理店をやらないか?」という申し出がありました。 大変ありがたい話ではあったのですが、翌年にはエベレスト南西壁、翌々年にマカルー西稜に行くつもりでしたので、理由を話しお断りしました。 その数日後、帰国する日になってイヴォンが「一緒に朝飯食いに行かないか?」と誘ってくれて、その席で「もう一回、代理店のことについて考えてみないか?」という言葉をもらったのです。「こういうチャンスって、そんなにたくさんはないよ」と。 一度目は断ったものの、「三顧の礼」の故事ではありませんが、敬愛する人から二回も声をかけて頂いたので、これは断るわけにはいかないと思い直し「分かりました、やります」と答えました。引き受けるとは言ったものの、事業のやり方も分からないし、経済的な余裕もありません。私「具体的にはどういうことをやればいいのか?」。イヴォン「こうこうこうすればいいんだ」。私「悪いけど金が無い」。イヴォン「金が無いって、貯金は何ドルくらいあるのか?」。私「貯金は500ドルしか無い」。 イヴォン「こっちのことは全部私が手配するから心配しなくていい。東京でのことは自分で何とかしてくれ」。私「わかりました」。
当時のアパートの家賃が4万円、それと電話、テレックス代5万円、私の月給15万円などを合わせて30万ぐらいが1カ月の支出、年間360万円のランニングコストでした。 電話で注文が来たら登山用具店に配達しなくてはなりませんが、あるのは古い自転車だけ。そこで配達はザックに商品を詰め込んで自転車で届けることにしました。私は早稲田に住んでおり都内の登山用具店にはほぼ30分以内の距離。注文を受けてから15~30分後には届けることができたのです。 ただ配達中は、受話器を外して話し中にしていました。戻ってきたら受話器を元に戻す。 以来、2年間はこのスタイルを続けました。
この自転車配達システムは我ながら革新的だったなと思います。 その当時、輸入代理店と小売店との間には商社と問屋が介在していました。 海外メーカーとの交渉、LC(信用状)発行といった銀行経由の輸出入業務は、ふつう商社にお願いしますが、一人の会社ですがテレックスがあり、取引先はシュイナード・イクイップメントですから、信用問題もないわけです。商社も問屋も必要ありませんでした。 それまで常識だった中間業者を全部省いたのと、安いランニングコストで販売価格は従来の半額になりました。
第2章:アマ・ダブラムでの出会いとロストアローの誕生
「ロストアロー」という名前はヒマラヤに行く前からアイデアとしてあって、遠征中も時々考えていました。名前の理由はいくつかあって、ひとつは「Lost Arrow Spire(ロストアロー・スパイヤー。ヨセミテフォールの近くにそびえる巨大な岩峰)」という実際の地名がありますし、「ロストアロー・ピトン」というシュイナード・イクイップメントのピトンの名称でもあるからです。
ロストアローの製品は2024年8月まで、値下げ価格で購入することができる。これを逃す手はないので、この記事で知ったという方はぜひともオンラインショップや、地元のアウトドア専門店をチェックしてほしい。
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