. Pheng Xat Lao) | 世界の国歌 – National Anthem
Pheng Xat Lao) | 世界の国歌 – National Anthem
Pheng Xat Lao) | 世界の国歌 – National Anthem

ラオス人の心をつなぐ歌:国歌「ペン・サート・ラオ」の歴史と意味

こうした背景の中、フランスの保護国であったルアンパバーン王国の王室や知識人層からの依頼を受け、音楽家トーンディー・スントーンウィチットが国歌を制作しました。彼の経歴に関する詳細は少ないものの、当時のラオス知識人層に属し、西洋音楽とラオス伝統音楽双方に精通していたと考えられています。この歌は民族のアイデンティティと団結を象徴する歌として広く受け入れられ、1947年にラオス王国の国歌として正式に制定されました。この制定年は、フランスとラオスの間で締結された条約に基づき、ラオスがフランス連合内の「独立国」として承認された時期と重なります。

Vientiane, Laos / simply_lydie

Typical Market Restaurant / Francisco Anzola

歌詞の変遷:内戦を経て社会主義国家へ

国歌の歌詞が大きく変わったのは、ラオスがたどった激動の政治的変化を反映しています。1975年、長引くラオス内戦が終結し、親米派の王政が倒れて、社会主義を掲げるパテート・ラーオが政権を掌握。これに伴い、王政は廃止されラオス人民民主共和国が樹立されました。

新体制のもと、国歌の歌詞も変革を迫られます。王政を称え、仏教の価値観を反映していた旧歌詞は、新体制のイデオロギーに沿ったものに刷新する必要がありました。新しい歌詞は、新政権の要人であったシーサナー・シーサーンによって作詞され、国のアイデンティティが「王国の民」から「人民」へと変わったことを明確に示しています。

歌詞の比較:王政時代と現行版 王政時代の歌詞(1947年〜1975年) ラーオ語 英語訳 日本語訳 (試訳) ຊາດລາວຕັ້ງແຕ່ໃດມາ ລາວທຸກຖ້ວນໜ້າເຊີດຊູສິດທິ ຮ່ວມແຮງຮ່ວມຈິດຮ່ວມໃຈສາມັກຄີ ພ້ອມກັນປົກປ້ອງຊາດລາວເຮົາ For all time, the Lao people Have glorified their fatherland United in heart, spirit and vigour Together, we preserve the dignity of our Lao race 古来よりラオス国民は、 自らの祖国に栄光をもたらしてきた。 心と精神と力で団結し、 共に我らラーオ人の尊厳を守ろう。 ໃຫ້ເປັນເອກະລາດສັນຕິພາບ ເພາະວ່າລາວທຸກຖ້ວນໜ້າ ຍັງມີສິດທິໃນການປົກປ້ອງຊາດ ແລະສືບເຊື້ອສາຍໃຫ້ຍືນຍົງ Let it be independent and peaceful Because all Lao people Still have the right to protect the nation And maintain their lineage 独立と平和がもたらされるように。 なぜならすべてのラーオ国民は 祖国を守る権利をいまだに持っており、 彼らの血統は長く続くからだ。 現行版の歌詞(1975年〜) ラーオ語 英語訳 日本語訳 (試訳) ຊາດລາວຕັ້ງແຕ່ໃດມາ ລາວທຸກຖ້ວນໜ້າ ຮ່ວມໃຈຮ່ວມແຮງສາມັກຄີກັນ ປະເທດຊາດລາວເຮົາມີຜົນງານ ປະຊາຊົນລຸກຂຶ້ນຕໍ່ສູ້ ເພື່ອເປັນເອກະລາດຂອງຊາດ ແລະເສລີພາບໃນປະຊາຊົນ For all time, the Lao people Have glorified their fatherland United in heart, spirit and vigour Together, we preserve the dignity of our Lao race 古来よりラーオの民は、 心と力を合わせ、団結してきた。 我々の祖国ラオスは偉大な功績を築き、 人民は立ち上がり戦った。 民族の独立のため、 そして人民の自由のために。 ຈາກສັງຄົມນິຍົມ ໃຫ້ເປັນເອກະລາດສັນຕິພາບ ເພາະວ່າປະຊາຊົນລາວ ຍັງມີສິດທິໃນການປົກປ້ອງຊາດ ແລະເສລີພາບຂອງຕົນ From socialism Let it be independent and peaceful Because the Lao people Still have the right to protect the nation And their own freedom 社会主義から、 独立と平和をもたらそう。 なぜならラーオの民は 祖国を守る権利と 自らの自由を持っているからだ。 歌詞の核心的な変化:抜粋比較 項目 王政時代 (1947年〜) 現行版 (1975年〜) 変化が示す意味 国家の主体 「ラーオの血統」(ສືບເຊື້ອສາຍ) 王政に結びついた民族の血統が強調されています。 「人民」(ປະຊາຊົນ) 国家の主権が君主から人民へと移行したことを示しています。 王政から人民主権への移行 国家の理想 「独立と平和」(ເອກະລາດສັນຕິພາບ) 民族としての独立と安定が目標でした。 「社会主義」(ສັງຄົມນິຍົມ) 社会主義体制の構築が新たな国家目標として掲げられています。 君主制から社会主義への転換 行動の原動力 「すべてのラーオ人」(ລາວທຸກຖ້ວນໜ້າ) 王のもとに全ての国民が団結することを促しています。 「人民は立ち上がり戦う」(ປະຊາຊົນລຸກຂຶ້ນຕໍ່ສູ້) 革命を経て、人民自身が国家を創る主体であることを強調しています。 受動的な忠誠から、能動的な革命の主体へ

音楽的特徴と国際的評価

「ペン・サート・ラオ」のメロディーは、ラオス伝統音楽の要素を取り入れた、穏やかで荘厳な雰囲気を持っています。これは、ラオスの主要な伝統楽器であるケーンの音色や、ラオス民謡の音階を想起させる構成に由来します。ケーンは竹筒を束ねて作られた自由簧楽器で、日本の雅楽で使われる笙(しょう)に構造が似ています。ケーンは、五音音階(ペンタトニックスケール)を基調としており、国歌の旋律もこの五音音階を主に使用することで、独特の浮遊感と素朴な響きを生み出しています。

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文化的意義

ラオス人民民主共和国の概要

正式名称 日本語:ラオス人民民主共和国ラーオ語:ສາທາລະນະລັດ ປະຊາທິປະໄຕ ປະຊາຊົນລາວ英語:Lao People’s Democratic Republic 首都 日本語:ヴィエンチャンラーオ語:ວຽງຈັນ英語:Vientiane 独立年月日 1953年10月22日(出典:ラオス政府公式サイト)。ただし、歴史的にはフランスからの完全独立は1954年のジュネーヴ協定を以てとする見解もある。 面積 約236,800 km² 人口 約758万人(2023年時点) 公用語 ラーオ語 民族 ラーオ族(約53%)、モン族、クム族など 宗教 仏教(約66%)、アニミズムなど 通貨 キープ (LAK)

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