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2025 - レースレポート
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ツール・ド・おきなわ 2025

ここ最近のツール・ド・おきなわでは逃げ切りの展開が中々来ていなかったので、そろそろ今年は逃げ切りかな?と考えていた事もあって、今回は逃げ狙い。初っ端からは動かずに人数が動きそうな場合に乗っていければ、と考えてレースをスタートする。リアルスタートと同時にアタックが掛かり、抜け出しが始まるが最初は逃げたい選手も多く中々決まらなさそうだった。今年のイタリア選手権で優勝した選手も所属していたSWATTCLUBというクラブチームが前情報ではかなり強そう、という話になっており、警戒していたが、案の定かなり積極的に動いてきた。少人数で決まる、という雰囲気は無さそうで常に前に前にと展開していくレースが続いており、状況によっては20名近くが先行するような状況も起こってきていた。これはタイミングを見て動くというよりも、集団前方で動き続けた方が判断ミス等の失敗でチャンスを逃すよりは良さそうと考えて、前方位置で動き続けていた。緩い登りでも強烈にペースが上がる事で集団が分断されている事も多く、集団の人数が減ったり増えたり、飛び出しが出来ては捕まったりとかなり動きの激しい状況が続いていた。ペースが落ちかけたタイミングでアタックした結果1人で先行することになるような場面もあったが、その後にブリッジが掛かって集団にも追いつかれるなど、積極的に動いていたが中々決まらなかった。そんな中、スタートから50分くらいが経過したタイミングで4名が先行、そこにブリッツェンの谷選手がブリッジを仕掛ける動きをしていたので、後ろに付き、自分に反応してきたビクトワールの孫崎を含めた3名で前の4人に一気に合流したことで逃げが決まった。先行していた4名はシマノの入部さんと、VC福岡の横塚選手、REMBEの選手と台湾ナショナルチームだった。7人になってからはかなりのハイペースでローテーションを回し、一気に差を広げに行ったが2分45秒くらいまで広がった時点から差が広がらなくなった。 集団をSWATTCLUBが強烈に牽引していたらしく、ハイペースな追いかけ合いが発生している状況だった。そのままタイム差3分弱のまま1回目のKOMの登りへ突入した。入り口までがスタートから66kmあり、その間の平均時速が47.8kmになっていた。そのまま1回目のKOMポイントへ。せっかく逃げに入っているのだから、山岳賞を狙いに行くかと動いたが、山頂手前からのスプリント勝負になり孫崎が1位通過し、自分が2位通過だった。KOM通過後はコーナーの連続する急な下りで、路面が濡れていた事もあってかなり滑りやすくなっていた。根本的に沖縄の路面には諸々の理由から貝が使われているので非常に滑りやすくなっている。KOMまでの登り区間でもダンシングをしたタイミングで後輪が滑っていたこともあって、ペースを落としてかなり警戒しながら下っていたが、台湾ナショナルチームとREMBEの選手だけはハイペースで先行していった。そこで生まれた差をそのままに、その2人が先行していき逃げが2人と5人に分断された。最大で1分ほどまで前の2人と差が広がったが、後ろの5人も協力してペースを維持していたことで、2回目のKOMの登りに入って程なくして2人に追いつき7人逃げに戻った。ゴールまで100km以上を残した位置から40km近く追いかけ合っていたわけだが、なぜ前の2人が後ろを待たなかったのかは不明だった。登りの入り口では3分差ほどあったタイム差が7割くらい登った時点で1分半まで詰まっている、とコミッセールバイクから伝えられた。逃げ集団はそこまで速いペースで登っていたわけでは無かったが、異常なタイム差の詰まり方をしていたので、集団が強烈にペースアップしているのだと予想できた。この勢いだと下手すれば山頂までに捕まる可能性もあるかもしれないと考えていた。自分の脚の状態はかなり疲弊しており、メイン集団に捕まったら付いて行くのは厳しそうな状況だった。スタートからのアタック合戦に参加していた疲労と、登りの入り口まで追いかけ合っていたダメージが大きい。そう思うと1回目の山頂から2人が先行したことによる損失が大きく、余計な事をしてくれたな、という気持ちが大きかった。1回目の山岳ポイントでのスプリントでの2位通過の印象的に2回目のKOMポイントで1位通過できる可能性が低いと感じており、もがくかどうか悩んでいたが、どうせ捕まるなら可能性に賭けてやれることはやっておこうと考えてもがく事にする。KOMポイントまでラスト1kmを切って少ししたところから、1回目のポイントで3位通過していた横塚選手がアタック。それに自分と孫崎の順で反応して山頂へ向かう。山頂までラスト500mあたりから自分がアタックしてポイントを狙いに行ったが、しっかりと孫崎に抜かれて2位通過。山頂通過後に下りに入ったが、1周目と違い路面が乾いていた事である程度は攻めて下れる状況ではあったが、過去にないレベルのハイペースでレースが進行していた事で、これまで起きていなかった市民140kmコースの選手達に追いついてしまい混走する状況が発生しており、スローペースで下る参加者を抜きながら下るというカオスな状況が発生していた。下り切った先の登り返しでコミッセールカーが逃げ集団を抜いて行った事で、いよいよメイン集団が1分以内に迫っているという状況になっていた。そこから海岸線まで下っている最中にメイン集団に追いつかれる。メイン集団の人数もかなり絞り込まれた状態になっていたが、下った直後の登り返しでアタックが掛かっており集団のペースが上がったところに付いて行けずに自分は千切れた。そこからゴールまでの60kmを後ろからやってきたグルペット集団に合流して走っていた。最後の羽地ダムの登りでセントジョージが踏み始めた事でグルペット集団が2つに割れたうえに、自分は脚が辛かったのでそこからさらに遅れていたが、登りの途中で「単独で走っているとタイムアウトになるかもしれない」、と感じたことで踏み直して自分の前を走っていた集団に追いついてゴールした。 結果、タイムアウトラインまで1分のところでゴールすることが出来たので、単独で走っていた場合には間違いなくタイムアウトになっていた。

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プロフィール

経歴2007年 奈良北高校に進学し、自転車競技部に入部し自転車の路に乗っかる。2008年 2年生始業式前日に初優勝、そして初の海外遠征でイタリアへ。2009年 地元奈良で開催されたインターハイで優勝。2010年 大学1年生にしてプロレースである「ツール・ド・北海道」で学生初優勝。2011年 世界大学生選手権である「ユニバーシアード」で3位入賞2012年 国民体育大会の4kmチームパーシュートで大会新記録で優勝2013年「ツール・ド・北海道」ステージ1勝を含む年間5勝2014年 全日本選手権エリートにてロード&TT共に3位2015年 イタリアのプロコンチネンタルチーム「NIPPO Vini Fantini」へ所属2016年 Giro d'Italia完走(日本人史上5人目)2017年 特に無し!2018年 全日本選手権エリートロードレース 優勝

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