. 69歳)「人生を時間軸で測ったことがない。過去に作った歌を歌えばその時間に戻れる」 | |小学館の雑誌『サライ』公式サイト
69歳)「人生を時間軸で測ったことがない。過去に作った歌を歌えばその時間に戻れる」 | |小学館の雑誌『サライ』公式サイト
69歳)「人生を時間軸で測ったことがない。過去に作った歌を歌えばその時間に戻れる」 | |小学館の雑誌『サライ』公式サイト

【インタビュー】タケカワユキヒデ(歌手、作詞・作曲家 69歳)「人生を時間軸で測ったことがない。過去に作った歌を歌えばその時間に戻れる」

「例えば授業中に、先生が数学の問題を書き始めるでしょ? 書き終わる前に答えを口に出してしまう。あれは中学1年生の時かな。体育館で、怖い女性体育教師が “休め!” と号令をかけたんですけど、僕ね、寝転んじゃったんです。どちらも反抗してやったわけではなく、パッと思った通りに動いてしまっただけなんですが。でも、これじゃ会社で働けないよな、と思っていました。だからといってミュージシャンを目指したわけではありません。ただ、楽しかったんですよね、音楽が。当時はエレキギターが不良の象徴で、禁止されていたんですけど、それを破って、中学校の卒業式でビートルズをやったんです。拍手喝采でした。この時の高揚感が忘れられなくて、アメリカで一旗揚げようぜ、ということになりまして。高校2年生の時です」

10歳頃のタケカワユキヒデさん。音楽一家に育ち、5歳からヴァイオリンとソルフェージュ(読譜や聴音の基礎訓練)を習っていた。初めての作曲は10歳の時だった。

「レコードを出したら一生安泰…と思ったら全然違った」

「みんな高校生ですからね。結局、アメリカ行きは流れるんですが、将来に困っている息子を見かねたんでしょうね。父が “藝大に行け!” と言う。もちろん簡単に行けるはずもなく、1年目は不合格。別の大学で仮面浪人をしている間に、もう、これ以上クラシックを勉強するのは時間の無駄だと思いまして。その頃には、もう、英語詞のオリジナルでこれはいけると思っていた曲が100曲ぐらいあったし、素人が参加できるラジオ番組やテレビ番組に時々出たり、自分でコンサートをやって、喜ばれたりしていました」

「大学にいる間に音楽で結果が出なかったら、やめようと思っていました。でもね、そう決意しながら、大学に行った初日に教務課を訪ねて、質問しているんです。“大学って何年いられるんですか?” って。音楽に未練たらたらでしょ? 4年間で結果が出ない時のことを考えてる。教務課によれば、休学と復学を繰り返したら、11年いられるという。まさか本当に、11年在籍するとは思っていませんでしたが」

「初めて、日本語で歌ったシングル曲でした。これがヒットして、ようやくゴダイゴが世間に認知されました。歌番組にも何回も出演しましたが、どうにも日本語の歌詞を覚えられない。よく間違えていました。デビューした時に、一度くらい “キャーッ” と言われたいねとメンバーと話してたんですが、この時それが実現しました。でも僕を含めて子持ちがふたりでほとんどが妻帯者というバンドでしたが」

「そのあとは作曲家をしていたのですが、毎年ね、300曲作っていたんです。ほぼ1日1曲ペースです。光GENJIや松田聖子さんなど、いろんな方に提供しました。いい曲ばかりなんですけどねぇ。でもヒットしなければ捨てられる運命です。3〜4年やっていて、だんだん虚しくなっていた。そんな時に子どもに言われたんです。“ただ家で歌って遊んでるだけじゃん” って。それでね、こりゃ何かをしているところを見せなければと思って、突然 “オレはタレントになる!” と宣言しました」

「作曲家として考えると、今がいちばん楽しいですね」

ライブハウス・南青山MANDALA(マンダラ・東京)での「タケカワユキヒデの弾き語りライブ」の模様。「撮影タイム」が用意されるなど、ファンと一体になった時間だった。 多彩な趣味を持つタケカワさんは、パソコンや音響機器もその楽しみのひとつ。この日は自分のパソコンや機器を持ち込み、タケカワさん自らがセッティングしていた。 スタッフのひとりとしてこの日のライブをサポートしていた三女の武川基さんと。タケカワさんは1男5女の父親で、ベスト・ファーザー賞を受賞したことも。 大の漫画好きで知られるが、今でも、週刊少年ジャンプ、週刊少年サンデー、週刊少年マガジン、週刊少年チャンピオンの主要4誌を買い続けている。

タケカワユキヒデ昭和27年10月22日、埼玉県生まれ。東京外国語大学英米語学科を11年かけて卒業。在学中の昭和50年にソロデビュー、翌51年にゴダイゴを結成。『ガンダーラ』『銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)』などヒット曲多数。アルバムに『僕のソングブック 弾き語りスペシャルライブCD』など。今年、さいたま市教育委員会の委員に就任。https://www.takekawayukihide.com/

※この記事は『サライ』本誌2022年10月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/角山祥道 撮影/宮地 工)

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