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杉田玄白とは何をした人物?生涯・功績・名言・死因・子孫も解説 【解体新書の著者】

翌日から3人による翻訳作業が始まりますが、翻訳は根幹を極めます。 当時の日本は鎖国状態にあり、オランダ語を話せるのは長崎の出島にいる通司のみ。 更に彼らも読み書きをできるわけではありません。3人は前時代の蘭学者・青木昆陽「和蘭(オランダ)文訳」「和蘭文字略考」に登場する100〜200程の単語、前野良沢が長崎に遊学した際に教えてもらったわずかな単語と、文法の理解のみで翻訳作業に着手したのでした。

杉田玄白と中川淳庵はオランダ語を読む事が出来ず、この時代指折りの蘭学者である前野良沢も十分な知識を持っていたわけではありません。 1ページはおろか、最初の数行を翻訳するだけでも、単語の確認や推測に何時間もかかります。それでも少しずつ翻訳作業は進み、1774年にターヘル・アナトミアは『解体新書』という名前で刊行されるに至ります。

当時は田沼意次が政治の実権を握っていた時代でした。彼は蘭学にも理解があり、平賀源内などの多くの蘭学者と交流があったのです。杉田玄白は平賀源内とも交流があり、解体新書の刊行にも平賀源内の斡旋がありました。 解体新書の発行は、医学界のみならず蘭学界にも大きな影響を与え、これ以降日本の医術や蘭学者は飛躍的な進歩を遂げるのです。

ちなみに解体新書の発行時に、前野良沢は自らの名前を出していません。 これは翻訳に不備がある事を恥じ、自らの名前が載る事を避けた為とされています。その為、解体新書は刊行された際に、杉田玄白の名前は世に轟いたものの、前野良沢の名前は世に知られる事はありませんでした。

医者としての責務を全うする

解体新書の刊行で、杉田玄白の威光は大いに高まりました。そんな背景もあり、杉田玄白は1776年に「天真楼」という医学塾を開設。当時の日本では東洋医学が主流でしたが、杉田玄白は外科による手術も行っていたようです。「病客日々月々多く、毎年千人余りも療治」とその腕前も高く評価されていました。

1787年に田沼意次が失脚し、松平定信による寛政の改革が主導すると、多くの蘭学者は肩身の狭い思いをするものの、杉田玄白の威光は衰える事はありませんでした。 1790年からは、前野良沢との共通の弟子である蘭学者の大槻玄沢が、解体新書の改訂に着手します。

これは解体新書の誤字や意訳が多すぎる事を杉田玄白と前野良沢が懸念した為であり、1798年に『重訂解体新書』は完成しました。ただ実際の刊行は大幅に遅れ、刊行は1826年となっています。

杉田玄白の死因と最期

杉田玄白は文化14年(1817年)4月17日に83歳で死去します。 死因は不明ですが、当時としてはかなりの高齢であり、老衰と呼んで良いでしょう。彼は「百たらず八十路に余る五とせの いつも替わらぬ春に逢いにけり」と述べ、高齢に差し掛かっても、何ら変わらぬ春の訪れを享受していました。

ちなみに杉田玄白の最後の言葉は、「医事は自然に如かず」。病気の治療にあたっては、自然に従った治療が求められると考えており、自然の治癒力を妨げず、生かして行く事が重要と考えていたようです。

杉田玄白の性格と人物像エピソード

せっかちで世渡り上手な出世人

解体新書の一件から、杉田玄白は真面目な人物だったと考える人もいるかもしれません。 しかし、実際の杉田玄白は意外とそうではなく、せっかちで要領の良い人物だった事が伺えます。

彼は医者の家に生まれるものの、当初は勉強についていけず、「自分は医者になる才能がない」と考えていました。しかし兄が夭折し、次兄が既に容姿に出されていた経緯から、杉田玄白は家の家督を継ぐ事を余儀なくされる。勉強を本格的に始めたのは10代の後半。そこから彼は医者としての才能を発揮させています。

また無理とわかっているものは、早めに放棄する性格でもありました。蘭学の魅力と、その先駆性に気づいた杉田玄白は、長崎にいる通司に「オランダ語を教えて欲しい」と相談した事があります。 しかし通達は、オランダ語を習得する難しさを杉田玄白に力説すると、杉田玄白はあっさりと蘭学の勉強を辞めてしまうのです。

前述した通り、当時の政治の実権を握っていたのは田沼意次です。彼は蘭学の発展に寛大で、解体新書の発行にも特に制裁はどは行っていません。次の老中首座の松平定信と治世だった場合、解体新書の発行がこれほどスムーズに進んだとは思えません。 解体新書の刊行が成功したのは、杉田玄白の世渡り上手のうまさと見切りをつける速さが関係していると言えるでしょう。

趣味は食べること

杉田玄白は病弱ながら、83歳という当時では異例の長寿を誇りました。そんな彼の趣味は食べる事でしたが、そんな中にも医者としての健康増進の考えが反映されています。杉田玄白は69歳の時に、「養生七不可」という健康長寿の為に必要な事を書き記しています。内容は以下の通りです。

  • 一、昨日の非は恨悔すべからず。
  • 二、明日の是は慮念すべからず。
  • 三、飲と食とは度を過すべからず。
  • 四、正物に非れば苟しくも食すべからず。
  • 五、事なき時は薬を服すべからず。
  • 六、壮実を頼んで、房を過すべからず。
  • 七、動作を勤めて安を好むべからず。

飲酒と食事は節度を心がける事、無駄に薬を飲まない事など、現在でも通じる健康の秘訣が記されています。彼は食べる事が好きではあったけれど、決して暴食はせずに日々の1品か2品。その僅かな量に楽しみを見出していたのでした。

杉田玄白がやったこと・功績

解体新書の歴史的な意義

解体新書の歴史的な意義としては、蘭学の医術を心得た人物が西洋医学の本を翻訳した事にあります。

日本初の翻訳された医学書は、1680年に刊行された『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』です。ただこちらは、長崎にいる通司が翻訳したものであり、医者が翻訳をしたわけではありません。その為、医学書としての翻訳は不完全なものでした。

彼らがこの時に生み出した単語としては、神経、動脈、筋、軟骨などが挙げられます。特に神経という言葉は、直訳すれば「神の通り道」。これはキリスト教の影響が色濃い西洋の概念をうまく取り入れた例と言えるでしょう。

更に杉田玄白らは、解体新書の過程において、『トンミュス解体書』『ブランカール解体書』などの解剖書も参考にしています。解体新書は単なる翻訳書にとどまらず、東洋にありながら西洋医学の概念を再構成させた書物なのです。

蘭学事始を遺す

また杉田玄白は、亡くなる2年前に「蘭学事始」という手記を残しています。これは、ターヘル・アナトミアを翻訳した頃の当時の過程を手記として遺したものです。

杉田玄白が世に送りだした解体新書は、日本の蘭学の発展に多大なる影響を与えました。ただ、当時は辞書もなければまともな蘭学者もいない時代であった事は、徐々に風化されていたのです。 前野良沢の存在が忘れ去られる事、先人達の苦労の末に現在の恵まれた環境があった事を杉田玄白は記録として遺したいと考えたのです。

福沢諭吉の生涯と人物像!功績・名言・死因・子孫は?

杉田玄白の名言

舵や櫂をなしで、大海に乗り出したよう 一滴の油、これを広き池水のうちに点ずれば、散じて満池に及ぶとや。

杉田玄白の家族や子孫

杉田玄白の子孫は存命?

結論から言えば、杉田玄白の直系の子孫はいません。ただ娘や息子の娘などはたくさんいて、彼女たちの血筋が現在にも伝わっています。

杉田玄白は死別した前妻・登恵と、後妻・伊與の二人の妻がいました。登恵との間に一男二女が授かるものの、長男は早産で知的障害があり、後に夭折しています。 杉田家の当主は、長女の婿・伯が継ぐ事となりました。

ただ杉田伯元の子、白玄(杉田玄白の孫)には実子がいなかった為、尾張藩医・權頭信珉の子である玄瑞が養子となり、杉田家の当主を継いでいます。杉田玄瑞は医学や翻訳の才能に優れ、幕末に外国奉行支配翻訳御用頭取などを歴任。福沢諭吉らと親交を深めました。

後妻・伊與との間には、1男3女を授かっており、杉田玄白は次男である甫仙に分家を立てさせています。 杉田甫仙は杉田成卿という息子がいて、幕府天文方などの要職を務めていました。ただ1859年には杉田成卿は43歳で病死。この時点で、杉田玄白の男系の子孫は途絶えています。

杉田玄白の現在にも繋がる子孫

杉田玄白の男系の子孫は途絶えていますが、その後も杉田玄白の血筋は続いています。杉田成卿には3人の娘がいて、長女の縫はニューヨーク領事官だった富田鉄之助と再婚。次女の継は哲学者の乙骨太郎乙と結婚しています。

乙骨太郎乙と継との間には10人もの子どもがいて、長女・まきは帝室林野局技師の江崎政忠に嫁いでいます。 二人の間には著名な子孫が多く、昆虫学者の江崎悌三や野球選手の長谷部銀次などがいるのです。

杉田玄白のゆかりの地

矢来公園

住所:東京都新宿区矢来町38

栄閑院

杉田玄白の墓石には、九幸(9つの幸せ)と刻まれており、杉田玄白が充実した人生を送った事がわかります。

住所:東京都港区虎ノ門3-10-10

杉田玄白の関連人物

前野良沢

前野良沢は、杉田玄白や中川淳庵とターヘル・アナトミアの翻訳に携わった人物です。 彼は中津藩士の藩医で杉田玄白より10歳年上。20歳の頃から蘭学の勉強を行っています。ターヘル・アナトミアの翻訳時点で、彼よりもオランダ語の文法や単語を知る者はおらず、翻訳に多大なる功績を残しているのです。

ただ前野良沢は、「とりあえず解体新書を世に送り出したい」と主張する杉田玄白に対し、「納得のいく訳書を作りたい」と主張。解体新書の発行の際にも、「翻訳の不備」を恥じて名前を出そうとはしなかったのです。

杉田玄白の関連作品

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  • 1 杉田玄白とは?
  • 2 杉田玄白の人生年表・生涯
  • 3 杉田玄白の死因と最期
  • 4 杉田玄白の性格と人物像エピソード
  • 5 杉田玄白がやったこと・功績
  • 6 杉田玄白の名言
  • 7 杉田玄白の家族や子孫
  • 8 杉田玄白のゆかりの地
  • 9 杉田玄白の関連人物
  • 10 杉田玄白の関連作品
  • 11 杉田玄白についてのまとめ
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