. No.35 小松亮太さん(バンドネオン奏者) 【13歳のハローワーク公式サイト】
No.35 小松亮太さん(バンドネオン奏者) 【13歳のハローワーク公式サイト】
No.35 小松亮太さん(バンドネオン奏者) 【13歳のハローワーク公式サイト】

著名人インタビュー この人に聞きたい!小松亮太さん[バンドネオン奏者]

ピアノは2年余りでやめて、フルートも長続きしなかった。少年 小松亮太は、決して「先生の言うことをよく聞くいい子」とはいえなかった。かといって、音楽に興味がなかったわけではない。何かを習おうとすると、まず型にはめようとする指導方法が、性格的に合わなかったのだ。 そんなある日、“運命的”としか表現しようのない出来事が起こった。誰も弾ける人がいなくて、教えてくれる人もいない、バンドネオンという未知なる楽器と出会ったのだ。指導者がいないから、すべてが手さぐりで苦しいけれど、その分、進歩したときの喜びも計り知れない。 天性のセンスで難解な楽器をものにし、タンゴの救世主として世界中を熱狂させる小松亮太さんに、お話を伺った。

『グスコーブドリの伝記』 【声の出演】小栗旬 忽那汐里 柄本明 佐々木蔵之介 林家正蔵 林隆三 草刈民代ほか 【原作】宮沢賢治(「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」) 【監修】天沢退二郎 【監督・脚本】杉井ギサブロー(「銀河鉄道の夜」「あらしの夜に」) 【キャラクター原案】ますむら・ひろし 【作画監督】江口摩吏介 【主題歌】小田和正「生まれ来る子供たちのために」(アリオラジャパン) 【音楽】小松亮太 【制作】手塚プロダクション 【配給】ワーナー・ブラザース映画

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  • 型がないから、自分らしくいられる。バンドネオンは、小松亮太を表現できる最高の楽器だった。

● 型がないから、自分らしくいられる。バンドネオンは、小松亮太を表現できる最高の楽器だった。

生まれついたフロンティア精神をかき立てた、誰も手に負えない楽器「バンドネオン」。

――子どもの頃から、音楽は身近な存在だったのですか?

【小松】両親はタンゴ奏者で、父はギター、母はピアノを弾いています。家で、バンドのメンバーたちとよく練習していましたから、音楽は日常的に耳にしていましたね。僕は、幼稚園から小学1年まで2年ほどピアノを習い、12歳のときにはフルートを習いました。だけど、どちらも長続きしませんでした。音楽でもスポーツでも、何かを習おうとすると必ず、「まずこれをやりなさい」と、あるメソッドに則って教育しようとしますよね。ピアノだと、バイエルというように。そのやり方に、どうしても馴染めなかったのです。そんな性格だから、小学校に入学して初めてもらった通信簿では、「とにかくマイペースすぎる」と評されたほどです(笑)。

――バンドネオンには、どのようにして出会ったのですか?

【小松】中学2年のとき、両親がバンドネオンを2週間くらい預かることになり、家に持ち帰ってきたのです。当時、僕はいわゆる”カギっ子”で、学校から帰宅すると、退屈しのぎにバンドネオンを引っぱりだして、ドはどこだろう?レはどこだろう?といじって遊んでいたのです。そうしたら、周りの大人たちが騒ぎ出して。「才能がある!」とか、「この楽器が本当にうまくなったら、独占企業だぞ」とか、「一生食いっぱぐれることがない」と持ち上げられたのです。それで、すっかりその気になってしまいました(笑)。

――演奏技術は、どのようにして身に付けたのですか?

【小松】周りはもちろん、日本全国を見渡してもバンドネオンを弾ける人がほとんどいませんでしたから、独学するしかありませんでした。元来、型にはめられるのが苦手な性格だったので、これは自分に合っているかもしれないと思いましたが、いかんせん、指導者がいないので、勉強するにもどこから手を付けていいのか、さっぱり分かりませんでした。

――高校時代は、バンドネオンにどっぷり浸かった生活だったのですか?

【小松】すでに仕事を始めていましたから、文字通り、「明けても暮れても」でしたね。音楽をやっているから勉強をしなくていいということにはならないのですが、華やかな世界に魅せられ、しかもお金ももらえたので、完全に取り憑(つ)かれてしまっていました。

――プロとしてやっていくために、そこで得たものも多いのでは?

【小松】あの頃があるから、今の僕があるといっても過言ではありません。というのも、仕事は、ライブやスタジオ録音もありましたが、夜のお店で演奏する仕事もかなりありました。

道がないから自分で考え、行動して、名声を勝ち取ってきた。その果てしない情熱は、作曲家という新たな地平を拓く。

――高校を卒業してから24歳でデビューするまで、どのような活動をされていたのですか?

<デビュー以前からよく演奏しているライブハウス「江古田Buddy」にて。>

【小松】高校を卒業したら、以前にも増して仕事が入ってきました。その分、収入も増えましたが、タンゴはマイナー音楽でしたから、「今は食べて行けているけれど、将来はどうなるんだろう」という不安が、つねに付きまとっていました。

――演奏するときに、いつも心がけていることはありますか?

<デビューアルバム「ブエノスアイレスの夏」のレコーディングメンバーと。>

【小松】1980年代の最悪な状況からすると、タンゴを取り巻く環境はかなり良くなったと思います。とはいえ、まだまだ演奏者は少なく、つねに「自分がタンゴを守る」という意気込みで演奏に挑んでいます。

――映画『グスコーブドリの伝記』で初めて映画音楽を担当されましたが、いかがでしたか?また、今後のビジョンを教えてください。

<試写会で演奏する小松亮太さん>

【小松】今回は演奏だけではなく作曲全部で、しかも映画のための音楽づくりだったので、最初はどうすればいいのか見当がつきませんでした。というのも、単に演奏の質が高ければいいというのではなく、映画とマッチした音楽でなくてはならないからです。

――最後に、中高生にメッセージをお願いします。

【小松】これだけ情報があふれていると、自分にぴったりの職業を見つけるのは、簡単ではないと思います。だから、「見つからない」という人の気持ちが分からなくはありません。

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