藤井風2ndアルバムレビュー。"LOVE ALL SERVE ALL"こそが今世界に必要な心意気だ
シングルリリース時、怒りを前面に押し出した楽曲・パフォーマンスも時が経って心境の変化を反映したアレンジとなっていて、分かりやすいところで、イントロのBEEP音(サイレン)が三味線?っぽい音に変換されていたり、キックの打音が和太鼓のようにエディットされており、聴こえ方がえらい違う。『まつり』からの「和」の流れを壊さない事を大事にしているように感じる。歌詞自体は変更無いものの、変なところで半音下げて歌ってたり、微細にアレンジしているっぽい。(正直どんな効果はよくわからんが)。しっかし何度聴いてもこの曲のYaffle氏のビート職人っぷりには驚いてしまう。絶対無理だけど300人キャパの会場だったらこの曲一番盛り上がれると思う、マジで。
04. やば。『何なんw』、『もうええわ』、に続き、本人の口癖を曲名にしたというこの曲。
音色としては80’s後半から90’s R&Bナンバー。イントロの感じとかBrian McKnightとか思い出したけどね、とにかく歴代風楽曲で一番R&Bしてる。
この音色ならば男女のLove Songが定番中の定番、というかそれ以外何歌うねん?というムードではあるが、この『やば。』で歌われている愛は真の意味は男女の恋愛よりも、もっと根源的な”Higher Self”を歌っていると思われる。この点、『何なんw』やMISIAに楽曲提供した『Higher Love』とも通じる。
さっさと行こうか もっと遠くへ 高いとこまで
その目を覚まして どこまでも どこまでも
歌については低音から高音まで、歌手としての修練と成長が感じられる。これ歌いこなすのにどれだけの練習をこなしてきたかを想像しただけで泣ける。細かい語尾の処理、ブレッシング、ミドルボイスとファルセットの行き来・・・挙げるとキリがないくらい様々なテクニックが詰まってる。そしてこの曲でもR&Bシンガーが多用するフェイク*2が連発。このテイストでフェイク使わないのは嘘と思うが、すごい使ってる(小学生並の感想
特にラスサビは芸術。言葉にならない「やばっ!!」とか「もう」という感情を表し、強調するためのフェイクだと思うけど、表現者藤井風がこういうところで出てくる。
あと、サビのメロディのピアノで終わるアウトロもおしゃれ。なのにこの綺麗な旋律の上でYABA!YABA!連呼してんの冷静に考えると相当ウケル。変な話、綺麗すぎる川には魚は住めないので、こういう抜きを作ってくるのも藤井風スタイル。
05. 燃えよアルバムも中盤にさしかかろうという曲。この曲は紅白のサプライズ演奏も記憶に新しいが、個人的にも去年一番聴いた曲でもあるのでかなり思い入れある一曲。
改めてアルバム通して聴いて、「SERVE」するために必要なメッセージが込められているなと感じた。
燃えよ あの空に燃えよ 明日なんか来ると思わずに燃えよ
クールなフリ もうええよ 強がりも もうええよ
汗かいてもええよ 恥かいてもええよ
誰かを愛すだけではなく、何かを成すために「燃え」なければならないと強く背中を押してもらえる、そんな人生の応援歌。頑張れなんて一言も言わなくていいのよ。
06. ガーデンさて、『ガーデン』。 風ハミングから温かく始まるこの楽曲。とにかく暖かなガーデンの空気が随所に散らばっている。 とりあえず今作、一番好き。断トツで好き。 何が好きってメロディと展開が好き。
本人が過去ラジオにて「歌詞はメロディに呼ばれる言葉を探せ」と発言していたが、この『ガーデン』の歌詞は全てメロディに導かれて置かれているような気さえしてくる。
言葉が作るリズムの大切さがわかるが、いかにメロディに「しっくり」くるかでワードチョイスしてそう。
そして後半の展開が狂おしいほど好き。具体的には2:33から。
これ、実はゴスペルのアレンジ手法で、最後に聖歌隊がコーラスに加わって、かつキーが×n回上がって転調していく。ドラマティックさとテンションの上がり方が半端じゃなくなる分歌いこなすのが単純にキツくなる手法である。本場アメリカではこっからあと2、3回は転調していく。『ガーデン』においてはボーカルシンセ(プリズマイザー?)がたっぷりかかった重厚なコーラスになってて、サウンドメイクが現代っぽいなーと素直に感心してしまった。ヤッフルヤッフル。
07. damnベース曲。イントロから低音が前にグッと出てて、そこを起点に曲が展開していく。前作でいう『さよならべいべ』的な立ち位置の楽曲で、今からこの曲で盛り上がるライブの絵が浮かぶよね。
しかし!!この曲、ノリノリに見えて歌詞はかなり内省的。もがいてもがいて泳ぐ風氏がみてとれる。
全て流すつもりだったのにどうした?
何もかも捨ててくと決めてどうした?
明日なんか来ると思わずにどうした?
こちら、『帰ろう』の「ああ 全て流して帰ろう」とか『きらり』の「何もかも 捨ててくよ*3」とか『燃えよ』の「明日なんか来ると思わずに燃えよ」がおそらく元ネタなんだが、この「言うは易く行うは難し」的な壁に本人ブチ当たっていると思われる。こんなにも達観しているように見えるがまだ20代も前半の彼。「こんな事歌っとんのにワシ全然やな・・・」とそりゃあ思うでしょうよ。そういう意味で曲名の『damn』は便利な言葉で色々な意味があるが、「チクショウ」的なニュアンスも相当濃いように思える。"hey little father won’t u come with me"と神?に救いを求める部分も垣間見えるしな。
ただ、まだ解けてない謎が一人称「ワシ」じゃなくて「おれ」なのよね。最近の口調を反映してただ東京に染まっていってるだけなのか?それはそれで寂しいんだが。
08. ロンリーラプソディこの曲も相当好き。このイントロは何かのサンプリングなんかしら?クリック音からの歌謡曲モードで、とにかく「哀愁」の2文字が音色からも歌詞からも伝わってくる。
まずタイトル。『ボヘミアン・ラプソディ』なんかに代表される、この「ラプソディ」の意味は「狂詩曲」。「狂詩曲」とは「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲*4」との事で「孤独」をテーマに風氏の胸の内が歌われている。自由奔放というのに相応しく、歌詞は相当入り組んでて、前半と後半で内容が逆転したりしてクラクラしてくる。
あと、LASAは、『やば。』にしろ『ガーデン』にしろこの曲にしろアウトロにも相当こだわっていて好き。
09. それでは、「藤井風」という映画を撮るなら確実にエンディングに挿入される曲。僕の最高に安眠できるプレイリストが更新されるレベルで気持ちいい。まず、この「あたたかな」という第一声で昇天できる。もうね、実質エンヤです。藤井エンヤ。
さて、『それでは、』において、実は2つの「事件」が起きている。
事件1.ビートレス&オーケストラ
既存曲で彼の楽曲には相当に珍しくドラムもベースも無い。一方でヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスというClassicalな弦楽器を贅沢に取り入れた新境地になっている。
事件2.ビブラート
この話をすると長いので大分端折るが、ロングトーンを真っ直ぐ伸ばして歌うのとビブラートをかけて歌うのとでは、聴き心地の変化、喉への負担等かなり差がでる。
風氏はライブ/音源どちらでもこのビブラートをおそらくあえて使わずに、前述のフェイクを多用していた。僕はビブラートが得意でフェイクが苦手なので風スゲエ!と思っていたのだが、ここにきて新しい「引き出し」をあけやがった。具体的には2:52からのロングトーンね。
の箇所。歌詞的には『帰ろう』に繋がる気がしていて、自分の中でまだ考察中。歌も出だしのオクターブ上でファルセットで歌っていて、ここにも深い意味付けを考えてしまう。いつか考えをまとめたい。
10. “青春病”でも、青春は眩しく尊い、故に脱却し「サヨナラ」を告げなければならないというこの曲は一段も二段も深いし、逆説的に青春の眩しさが際立っているように感じる。
11. 旅路LASAの〆。最近のライブもずっとこの曲でラストを迎える、終わりだけど始まりの曲。今作のシングルカットでは多分一番好き。
出会いと別れは表裏一体で、みんな色々あるけどこの僕たちの「旅路」は続いていくというメッセージ。ドラマ「にじいろカルテ」よろしく、これだけにじいろでカラフルなアルバムの最後に配置されていると、長いドラマのエンディングのような気さえしてくるね。これしかないというラスト。
いかがだったろうか色々書いたけど、総じて藤井風というアーティストが正に成長期を迎えている事がわかったアルバムだった。「僕らの時代は藤井風がいた」って後から自慢できる、素晴らしい一枚。これってすごい幸せなことね。